君に落ちる7日間 3

                      

DAY3

 ケーキがあまりに美味しかったので、自分でも買いに行ってみることにした。本当に、本当に、美味しかったんだもの。いままではあのお店に、なんとなく行くチャンスがなかったけど――ちょっと家からは離れてるし、学校への通り道でもないし、遠回りしないといけない場所で、羽鳥さんがバイトしてるって聞いて、初めて存在を知ったくらいで――。でも、そろそろ新しいお店の開拓しなきゃって思ってたし、びっくりするくらい、これまでのお店をはるかに凌ぐ美味しいお店だってわかったからには、行かないとって決意して。何の気なしに行動したつもりだったんだけど、まさか、まさか垂坂さんがいる日だなんて思わなかった。すごいすごい、偶然だった。
 お店入る前から、目が会っちゃって、むこうも当然びっくりしてて、私も、なんで来たのか、わかんなくなっちゃって、まわれ右して、帰ってしまいそうだった。だって本当、びっくりしちゃって、頭がカーッてなっちゃって。
 その時ね、笑いかけてくれたの。
 あの、ふわっとした、クリームみたいだなって思った、笑顔で。
 垂坂さんって、ケーキ屋さんがすごく似合うと思う。ぴったりだよね。あんな営業スマイルされちゃったら、女の子たちは、ほっと安心して、ケーキが欲しくなっちゃう。食べたくなかった人も、食べたくなっちゃう。恥ずかしかったけど、それで、勇気を出して入ったら、垂坂さんの声で「いらっしゃいませ」って言われたのが聞こえて、本当にここでアルバイトしてるんだって思った。
 垂坂さんがすぐに接客についてくれたのがわかった。ちゃんとこの間のお礼も言わなきゃだし、って頭ではわかるのに、他の店員さんから注目されてるのかもって思うと、なかなか声が出てこなかった。だから、とにかく頭はだけはさげて、ショーケースの中だけを一生懸命見てたら、垂坂さんがそっと、おすすめのケーキとそれがどんな風にできてるのかを教えてくれた。
 どぎまぎしながら頷いて、ショーケースの中身と見比べてるうちに、知り合いでもきちんと接客してくれる姿になんとなく感動した。あと、私服しか見たことがなかったから、制服姿が大人っぽいと思った。
 綺麗で可愛いケーキがたくさん並んでて、選ぶのが難しかった。お客さんも入れ替わり立ち替わり入ってたから、長居したら悪いと思ったし、あまりにも迷いそうだったので、おすすめの中から、初めてのお店ではぜったいに買うショートケーキと、あと2つも買ってしまった。全部で3つ! 1人で食べるって知られたら恥ずかしいから、スプーンを、3つつけてもらってしまった。
 そしたら、いい選択だねって、誉められちゃった。それから箱詰めを待っているときも、小さい声で「買いに来てくれたんだ」って話しかけてくれて、すごく嬉しかった。そこでようやく、この間のケーキがとっても美味しかったっていうのと、お礼をきちんと伝えることができた。
 垂坂さんは丁寧だけどテキパキとケーキを包んで、ケーキの値段も見ないで計算してた。全部値段覚えてるんだなあって感心してたら、合計が表示よりずいぶん安くなってるから、え? って顔をしたら、店員割引きしてくれてた。驚いて、いいですって言ったんだけど、だいじょうぶだからって、もうレジに打ち込んじゃったからっておつりを出されて、本当に優しくて、親切な人なんだってあらためてわかった。迷っていれば、おすすめをさりげなく言ってくれるし、ケーキの扱いも、とっても丁寧なのに、すごく早くて、感動してばかりだったと思う。サーバーじゃなくって、トングでとっているのに、ケーキが潰れていないのは、どうしてなんだろうって、食べるとき何度も感心してしまったくらい。
 何度も小さくお礼を言って、辛うじて『また来ます』って、呟いたような気がする。それ以上は体が熱くって、慌ててお店を飛び出したけど、家に帰る道々、なんだかすごく嬉しくて、何度も何度もケーキの箱を眺めては、匂いを嗅いだり、垂坂さんの接客する姿を思い出した。途中、袋の中に、伝票の紙が入ってるのを見つけて、ちゃんと何を買ったかの伝票も入れてくれるのかな? って思って、さりげなく取り出してみたら、そこに書いてあったのは、ケーキの名前なんかじゃなかった。

 『垂坂×× XXX-XXXX-XXXX …』

 垂坂さんのフルネームと、電話番号と、メールアドレスだった! いつの間に、こんなのを書いたんだろうって、だけど、すごくすごく嬉しくって、これを私にくれたんだって、よくわからない涙が出そうなくらい、何回も何回も見直した。
 家に帰ってから、3個のケーキの写真を撮って、垂坂さんのアドレスを登録した。アドレス帳初めての男性。下の名前はなんて読むのかなって、想像したり、アドレスの意味を考えたり、ずっと眺めてしまった。勢いで3つもケーキを買ってしまった分、食べるもったいなさがアップしたし、どれから食べるかもすごく困った。3つ全部、垂坂さんのおすすめのものだったから、余計にそう思えたのかも。でも、食べないのももったいないから、今日は、お母さんに夕飯いらないって言って、全部、夕飯がわりに食べることにした。大事に、大事にちょっとずつ食べた。おすすめだけあって、どれも本当に美味しかった。そして、ショートケーキは、中でもやっぱり1番ステキな味だった。この間よりもさらに美味しいと感じた。幸せで、はち切れてしまいそうな味。
 ふいに、垂坂さんに、美味しかったってメールを出してみるべきか、迷った。自分から出すなんてなんか恥ずかしいし、そんなことでわざわざメールしていいのかな。せっかくもらったらアドレスを、どうやって使ったらいいのかわからない。あの伝票は、記念に、大事に手帖に挟んでおいたけど。その時、急に知らない人からメールが入ってきて、どきりとした。垂坂さんは私のアドレスを知らないから、そんなわけないのに、一瞬垂坂さんかもと思った自分に、呆れた。でも、渋谷さんだった。そうか、渋谷さんには自分から教えたんだっけ、って思い出して、自分から教えれば良かったんだってちょっと思った。思って、できるわけないやって恥ずかしくなった。あんな咄嗟の機転なんてきかないし、渡しても、メール来るとは限らないし……。
 渋谷さんからのメールには、また皆で遊ぼうみたいなことが書いてあった。うん。また、会いたいな。次の時は、もうちょっと頑張りたい。何をかはわかんないけど。
 渋谷さんにはいちおうすぐ返事しておいた。でも、垂坂さんにメール出すかどうかは3時間くらい悩んだ。『ケーキのお皿を片付けたら』『お風呂に入ったら』『髪の毛を乾かしたら』ってやってるうちに、夜中になってしまった。それで悩みに悩んだけど、文章を書いたり消したりすごい迷ってるうちに、わかんなくなっちゃって、目をつぶってえいって送信ボタンを押してしまった。送ってしまうと、ああどうしよう。ありきたりで、すごくつまらない文章で、せっかくアドレスくれたのに、送る価値もないメールだったかもって、後悔し始めた。どうしよう……


 信じられない! 返信がきちゃった!

 すぐに返事をだすべき? それじゃあ、返事が欲しいって思われてるみたい? どうしたらいいんだろう。どうしよう。もう今日は眠れそうにない