365分の1 4


 すっかり暗くなって、ひとけもようやく引いてきている。
 暗い夜の街の中に綺麗なライトが灯っていると、それは美しく感じるのに、ただ煌々とした車内の灯りに照らされていると、かえって寒々しい。現実感が漂う電車の中は、いつも通り仕事をして帰る社会人のそっけない空気に満たされている。
 車内では、ひとり、クリスマスフィーバーしてた真理だけが浮いていた。
 彼に「わがままだ」と言われて、それで――そのまま、帰るしかなかった。
 あれ以上なにをどうすることもできなかった。
 彼氏は完全に決めつけてたし、真理がこれ以上わがまま言うならもう会わないと宣告されて、真理の方もあのまま彼について、素直に映画を見る気分ではなくなっていた。だから、逃げた。
 たぶん、自分がわがままなのだと思う。
 いや、彼が望みもしないことをさせようとしたのだから、それは確かにわがままだ。
 クリスマスは憧れだったから、それで夢を見すぎて、普通には起こりえないようなことまで、望んでしまったのかもしれない。
 雑誌の読み過ぎで頭でっかちになって、現実の、自分と彼との間に自然なクリスマスというものを、通り越していた。
 夢と現実とじゃ、ぜんぜん違った――

 窓からときおり見える季節限定のイルミネーションやビルのライトアップが、遠く映った。
 張り切って出て行ったのが嘘のように、しょぼくれて家に帰る自分がいるこここそ、真理の現実だ。
 とぼとぼと電車をおりて、冷たい風のなか駅を出る。と――突然、目になにかが映った。
「ホテル行かれてたら、マジどうしようかと思ってたけど」
「な、え」
 疲れたような表情の結城が、小さな改札を出てすぐのところで、立っていた。
「なに――ここで――」
「ほら、行くぞ」
「行くって、どこに!? 私、もう帰るとこだし」
「いいじゃん。帰るだけなら、もう用はないんだろ。早くしないと遅くなる」
 わけのわからぬまま腕をひかれて、でかかった改札を戻る。自分に触れている手のあまりの冷たさに、慌てた。真理は、結城がなにをしているのかなんて、わからなかった。
 たった今乗って来た電車を戻るように、ふたたび乗り込む。結城でも、いないより、いた方が淋しくないなんて。真理は、なにを考えてるかわからない結城を見て、なんだか泣きたくなった。自分も、なにをしているのかわからないのだ。
 久しぶりに、結城と喋る、ぎこちなさに、目をしばたく。
「今日は、イケてる彼女と、クリスマスじゃなかったの」
「別に、勝手だろ」
 そっけない。でも、無視はされない。
「まだ、時間早いし。こんな時間にいるってことは、フラれたの」
「一緒にすんな」
「私は、まだフラれたわけじゃ――」
「あんたが、ふるんだろ」
 びっくりして、目を見開く。
「あんたが、ふるんだ。人に言うけど、自分もこんな時間に家帰ってんじゃん」
「……」
 真理が黙ると、次の駅でおろされた。
 結城が強引にぐいぐい引っ張って行って、真理はほぼ駆け足だった。
 でも、走って走って連れて来られたのは、巨大なツリーの飾られた、イルミネーション広場のある場所で、なんだかすごく感動した。
 ぴかりぴかりとついたり消えたりするライトや、華やかに飾られたツリー飾りの反射の前で、たくさんのカップルが寄り添って見ていた。
「なあ、綺麗だろ?」
「……うん」
 そう、これだ。
 真理が来たかったのは、彼氏としたかったのは、こういう場所で、2人で、夢中で綺麗だねって眺めることで、お茶や映画や楽器店めぐりなんかじゃない。
 それを今結城と叶えてることの奇妙さに、ふるえた。
 結城が、ツリーの上を見上げて言った。
「俺のプランはさ、こうだ。10時くらいに待ち合わせて、出かけるんだけど、そんとき俺は手ぶら。プレゼントは後のお楽しみってことで隠してあるし、その日の予定も内緒だから、彼女は想像がつかないんだ。で、ちょっと並木道を歩いたりしてから、予約してたレストランへ連れてく。昼はちゃんとしたコース料理を食べに行って、クリスマスっぽくちょっと贅沢な雰囲気を出す。それから、クリスマスの飾り付けを買いに行こうと誘う。毎年1個ずつ、記念に買おうよ、とか言ったりして。その後、ちょっと寒いけど、海とか、こういうイルミネーションの綺麗なとこをまわってもいい。
 そんで、いい時間になったら、飲み物と予約してたケーキを買って、夜は俺ん家に行くことにする。俺はもう一人暮らしを始めてて、彼女は初めて俺の部屋へ来るシチュエーションだから。食べ物は買ってあるとか嘘言うんだけど、実はそれまでに料理の腕をあげてるから、彼女にとびきりの手料理をふるまうつもりでさ。家も普段しない掃除を必死にしたりして、とにかく完璧に準備してあって、今日一緒に買った飾り付け1個がくっついてるツリーとか、俺の手づくりのすごい料理に、彼女は感動するってわけ。で、乾杯したとこで、俺は隠してたプレゼントを、目の前に突き出して、彼女はもう幸せいっぱい」
 聞きながら、そんなすごいプランを実行される彼女は、どれだけ幸せだろう。真理は純粋にそう思い、目をそらした。
 結城は続けた。
「だがまだそこまでできない俺は今日、イケてる彼女のために、練りに練ったプランを用意した。可愛いアクセサリーを一緒に選んで、その場でつけてあげたり、ちょっとカッコつけて、車借りて、夜景の綺麗なとこドライブしたり。とかさ」
 急に結城がこっちを向いて言ったから、真理も急に強く言い返したくなった。
「なに、それを自慢したかったわけ。私への当てつけかなんかで、こんなとこ来たの」
「今日、彼氏となにしてたんだよ」
「彼は……クリスマスに、特別なことするのなんて、好きじゃないから。そんな、子供じゃないの」
 ぴかぴかと光るライトに2人の陰を映し出されながら、そう答えた。
 急に涙が出そうになって、真理は手を握りしめた。
 結城は笑ったりしなかった。
「まあ、クールな男だっているし、ロマンチックな男だっている。けどイケてる男がロマンチックとも限らないし、そうでない男がクールだとも限らない。ただし俺は、ロマンチックなうえにイケてるけど」
「なら彼女と、勝手にそんな最高のクリスマス過ごしてれば良かったじゃん。私、こんなとこ連れて来てくれなんて頼んでないし!」
「でも俺は、優しいから、好きな女のために馬鹿を見るんだ」
 結城の言い方に、真理は息を呑んだ。
「あったかくて、苦労もなくて、適当に女とヤれるクリスマスがあるってのに、俺は馬鹿を見るために全部、放り投げて、寒くて仕方がないってのに、好きな女の駅に、1日中座り込んで、そうして、もし、もし万が一その女が帰って来たら――俺は、クリスマスにこのでっかいツリーの前でロマンチックに告白してやろうなんてくだらないプランの方を実行するんだ」
 あ、と涙がこぼれた。
 正直、結城の言っていることもわけがわからなくて、今日1日自分がなにをしていたのかなんてことも。
 ただ、嬉しいような気がするのは確かだった。
「でも、私は――わがままだって。プレゼント交換とか、オシャレしたりとか、期待したりとか、そんなのは全部わがままだって言われた」
「わがままなもんかよ。相手と楽しく過ごしたいって願望に、わがままなんて名前くっつけんなら、女なんかつくるなって話だろ」
「でも、私、私は、結城くんのこと置いて、彼に――」
「いいから。そんなこと、どうだっていいから。俺は知ってて、言ってるんだ」
 自分が、どれほど結城の気持ちを踏みにじってきたかを知って、泣けた。
「――ほんと、結城くんて、どうしようもなく馬鹿だよ」
「少しは、楽しめただろ。俺は、あんたがそれで満足なら、いいんだ」
「……優しくなんてしないで。気持ちがぐらぐらする」
 真理は泣き笑いながら、結城に言った。結城は皮肉っぽい笑みを浮かべながら、言った。
「ばーか。ぐらぐらさせてんだよ」
 真理は、べそべそと嬉し泣きしながら、返事した。
「来年」
「ん?」
「来年は、ここで」
 一緒に、クリスマス、しよう。


Fin