365分の1 3


 いよいよクリスマス当日。勢い込んで待ち合わせに向かった真理は、ドキドキと胸を高鳴らせた。
 いろいろ思うところもあったが、当日の雰囲気にのまれてしまえば、些末なことなど気にならないのだ。
 早くに起きて、入念に支度すると、何度も鏡の前でをチェックした。この日のために買った服は、どこから見てもクリスマスっぽいし、化粧のときキラキラする粉をあちこちにかけたから、肌が綺麗に見える。
 プレゼントの箱が思ったより大きくなってしまって、なんとなく隠しておきたいのに丸見えだったけど、きっと喜んでくれるだろう。
 そわそわと落ち着きなくて、予定よりもだいぶ早くに家を出てしまった。
 結局、着いたのも早かったので、ブラブラしていても良かったが、もしかして彼も待ち合わせの時間より前に来て、真理の姿がなかったときのことを思ったら、大人しく指定の場所に立っていた。
 携帯を見ながら、時折顔をあげて探す。
 彼は今日はどんな感じかなとか、どんな予定を立てていて、プレゼント交換はいつなのだろう。もしかして、夜はどこかすごいところに連れてかれたら、どうしよう。オシャレなホテルのレストランとかで、そのままお泊まりだったりして…などと妄想していると、数秒毎落ち着かなくなる。周囲の待ち合わせているカップルが次々に嬉しそうに歩いていくのを見て、真理も期待に胸をふくらませたり、ちゃんと来るかなと不安になったり。
 はじめのうちは楽しかったものが、そのうちじりじりと待つようになった頃、やっと彼氏が到着した。
 真理は安堵の笑みで出迎えた。
 なんとなく、プレゼントの入った袋を後ろ手にして、期待した面持ちで可愛らしく尋ねてみる。
「お腹空いたね! どこか、行きたいいいところ、ある?」
「俺、さっき食べたばっかで、あんま腹空いてないから。いつものカフェでいい?」
「えっ……あ、うん」
 いつものカフェとは、彼氏がお気に入りでよく行くお店だ。オシャレな店だし、悪くないけど、食べて来てしまったなんて、どうしてだろう。
 でもきっと、夜にすごいのが待っていて、今からお腹を空かす計画なのかもしれない。後をより期待させるには、お昼は普通にする方がいいし。
 今日くらい彼と手をつなげると思っていた真理は、手袋もせずに我慢していた右手を、にこにこと差し出したけれど、彼はいつも通りひとりで歩き始めた。左手の目立つプレゼントについても、気づいてもらえなかったようだ。
「行かないの?」
 振り返られて、真理はぴくんとする。
 慌てない慌てない。
 自分に言い聞かせると、追いかけた。
 結局2人で並んで歩くだけだったが、彼はやっぱりカッコいいし、見ていて飽きない。
 こうしてクリスマスに一緒に歩けるだけでも幸せだと、真理は気を取り直した。
 駅からそう遠くないいつものカフェは、イベントを過ごすカップルでごったがえしていて、入り口の外まで大行列ができていた。
「すごい並んでる」
 途端に機嫌が急降下した彼は、それでも他には行きたくないらしく、無言で並び始める。
 結局30分以上も待ってようやく、狭い2人がけに案内された。彼の機嫌が悪いので、会話は殆どない。
「ああお腹空いた…って、あ、そっか」
 お腹が空いているのは真理だけで、彼は別に、食べにきたのではないのだ。
「俺、カプチーノ」
 彼が何も食べないのに、自分だけむしゃむしゃ食べるのは気がひけて、真理も飲み物だけにすることにした。
 店内は、お昼時からは時間が経っていたが、日が日でもあり、まだまだ行列は続いている。周囲はざわめきが激しく、落ち着かない。やっぱり、クリスマスはカップルが出ばるんだと、慣れない真理はみんなの様子が気になる。女の子はみんなふわふわした感じの服装で、それを見る彼氏の目は甘く、テーブルの上で手を握っている人もいる。
 真理も、さりげなくアピールしてみた。
「今日の夜は、何食べる? 私、こんな格好で、大丈夫だったかな」
 すると、騒々しさに機嫌の良くなかった彼は、真理の服を一瞥してから、返事した。
「俺の趣味、わかってきたんだろ」
「そういうことじゃなくて、今日は…」
「食べることばっかだな、真理は」
「ご、ごめん」
 気合いを入れたのに、可愛いと褒めてもらえずに落ち込むよりも、そんな風にいわれて、恥ずかしくなった。色気より食い気と思われたのは、かなりマイナスである。どうして、お昼も家で食べてこなかったのだろう。ふつう、可愛い女の子は小鳥のようにしか、食べないものなのだ。
 おまけに、今日はどこも落ち着かないな、と彼は不満そうである。どうにか機嫌をなおしてもらおうと、真理はひとり、空腹を誤魔化しながら、必死で喋り続けた。
 追い出されるようにカフェを出ると、ここから挽回しようと気合いを入れ直した。次はどこに行くのかな、もし聞かれたら、ウィンドウショッピングなんかも、飾り付けがきれいだしいいな。お店の中をなんとなく見ながら、可愛い〜と思ってみてたら、実はもう購入済みで――なんてことだったら、すっごい嬉しいのだけど、と思っていたところで、彼が言った。
「そういえば、プレゼントとかって、どうすんの。なんか真理、期待してるみたいだから、先に聞いておくけど」
「あ、私はその、用意してるんだけど…今日、交換ことか、するのかなーって思って」
「そうなんだ。俺、当日ねだられるのかと思って、なんにも用意してなかった」
「それならそれで、いいの、べつに。これから、探せば――」
「まあ、今日みたいにどこもかしこも混んでる中で探すのも、バカらしいけどね」
「…そ…」
 1番楽しみにしていた、と言ってもいいくらいのプレゼントが、そういう状態だと知って、真理は軽いショックを受けた。自分は用意してきたのに、彼氏は用意してなくて、買いに行くのも混んでるからバカらしいという。クリスマスにプレゼントはもらえないんだ…。おまけに、真理にねだられると思っていたらしい。別に、物をねだったことなど、1度もないのだけどな…。
「じゃ、買い物はまた今度で、映画行こうよ。俺、見たいのがあるから」
「…うん」
 落ち込んだまま映画館に向かう。前売りを並んで買ったが、すぐの回が空いてなくて、3時間以上の空きができてしまった。その間どうするかということになって、じゃあどこかぶらぶら歩いて回る? ああでも俺、小腹空いてきたかも。なんか、マック食べたい。マック。
「さっきんとこ、人が多すぎで落ち着かなかったし。他に行くとこないし」
 真理の空腹はすでに限界を越えて空腹でなくなってしまったし、むしろ水物ばかり飲んでお腹がたぷたぷになった状態で、飲食店は辛い。ファーストフードというのも、普段なら気にしないけど、今日は、クリスマスだ。真理は、1年で1番可愛い格好をしてきたのだ。
 そう言いたかったが、ただでさえ彼氏主導で、これ以上機嫌悪くして、つまらないクリスマスにはしたくないと思うと、言えない。ようやっと手に入れた彼氏との日だから、真理には壊せない。
 今日はどこも人でいっぱいなので、マックもけして空いているとは言い難かったが、それでも1時間以上はいて、一生懸命クリスマスっぽく話した。それでもまだあと2時間あるから、楽器店に行きたいというので、クリスマスとはあまり関係のない方角へ向かうことになった。
 さすがに楽器店は人も多くなく、好きなものを見れるというので、彼の機嫌が上向いた。フロアをあちこち引っぱりまわされて、真理にはちっとも差のわからないギターをたくさん並べて、店員とあれこれ話してる姿を見るうち、置いてけぼりな自分を感じて、徐々に真理の気分は盛り下がっていった。ぼんやりしていた彼女に向かって、彼は突然こう言った。
「やばいよこれ、かなりいいよ。なあ、真理の持ってきたプレゼントって、なに? こっちに変えることとかって、できんの」
 愕然と、する。
 せっかくの、貴重な、1年に1度のクリスマスだというのに、もう数時間、何も特別なことなく過ごしている。
 そのうえ、真理のプレゼントを、受け取る前から、交換したい、などと…。
 冬の外は、早いもので、もうすでに暮れかかって、イルミネーションが目立ち始めている。
 寒さなど気にしないカップルたちが、寄り添うように、手に手にプレゼントを引っさげて、歩いている。
 だけど、今真理たちがしているのは、クリスマスからかけ離れた、ドキドキするような雰囲気のかけらもないことばかりなのだ……。
「ねえ、私って、わがままかな」
 真理は、俯きがちなまま、そう彼に聞いた。
 泣きそうな顔をしているのを、見られたくなかった。
 泣いたら、彼が嫌な顔をするに、決まっているからだ。
「クリスマスを、特別に過ごしたいって思ってる私って。オシャレして、綺麗な景色のところへ行って、プレゼント交換したり、ちょっと豪華なレストランで食べたり、そういうのを期待してた私って、すごく、わがままだったのかな……」
 最後の方はもう、声がふるえそうになって、真理はくちびるを強くかまずにはいられなかった。
 上機嫌になっていた彼は、すぐに、表情を変えた。
 真理は、俯きながら、ぼんやりと足もとを、眺める。
 クリスマスは特別なんだと思っていたから。
 誰にとっても。
 世の中のカップルは大手を振って、幸せに浸れる日だと、思っていたから。
 だから、自分も――
「世の中がそうだからって、俺らも同じにする必要ってある? だいたい、そろいもそろって同じ日に、行列作って買い物に出て、味もわからないくせに高い飯食べて、馬鹿みたいにケーキ用意して。それのなにが楽しいのか俺にはわからない。それよりも、いつもと同じで、有意義な時間を過ごした方がいいに決まってるじゃん。それでも、真理がクリスマスしたいっていうから、今日だってこうして会ってるし、プレゼントなら、今日じゃなくったって、空いている日に買えばいいって、貰える物は同じなんだから、わかるだろ」
 真理には、わからなかった。
 同じ物でも、クリスマスにもらうのと、たった1日ずれただけでも、気持ちが違うと思った。
 それをねだるのはでも、やっぱり自分のわがままなのだろうか。
 わがままだって知ってたら、真理も、彼氏にそんなこと、頼まないでいられたのだろうか――。
「お互い理解して、今日を過ごしてるのかと思ってたけど」
 彼氏の声はいつもよりこころに強く刺さる。
「真理の言ってること、してることは全部――わがままだ」