365分の1 2


 いつも彼氏とのことをなにかとケチつけてくる結城のことが今は、嫌いだった。
 女を落とすためなら人のことを平気で悪し様に言える、その根性が許せない。
 彼氏との初めての楽しいクリスマスを迎える真理の気分に、これでもかと水を差すようなあの感じ。嫌われるようなことをしてるという自覚はないのだろうかと思うくらい、つきまとって。
 バイトが終わって、店を出てから、真理はすぐに彼氏に連絡をとろうと携帯を探した。が、入っているはずのかばんに見つからず、ひっくり返す騒ぎで慌てる。
 ないはずは、ない。今日バイトに来る最中も使っていたのだから。店に忘れてきたのかと、急いで戻ろうとしたら、後ろからバイト着のまま結城が追いかけてきたのを見て足が止まった。
「ほら、忘れ物」
 真理の携帯だった。真理は途端に嫌な予感にさいなまれた。
 なんで、結城がこれを持ってくるのだ。
「なんだよ。持ってきてやったのに、礼はないのか礼は」
 結城の言葉を無視して急いで中を見る。ロックはかけていないので、中は触り放題である。今真理の携帯からは結城のメアドも番号も、消されている。勝手にアドレス登録されるだけならまだしも、余計なことをされていたらたまらない。
「まさか、勝手にいじってないよね」
「は? ここまでしてやった俺に対する返事が、それ? 性格悪くなったんじゃないの」
 結城は本気で怒ったようだ。休憩の時をぶりかえしたような間の悪さが広がった。
 が、ふいに結城はエプロンのポケットに両手を突っ込んで、底意地の悪い笑みを見せた。
「携帯ひとつでこの騒ぎ。ほんと、愛しの彼と付き合うと、楽しそうだな」
 カッと、頭に血が上った。真理にだって、限界はある。
「ねえ、なんなの? どうしてそう、人の恋路を邪魔しようとするの。私のことが好きなのか、嫌いなのかはっきりしてよ。嫌いなら嫌いで、嫌がらせなんてするなって言えるし、好きだっていうなら、おあいにく様、私は結城くんのことなんて、これっぽっちも、す――」
「それ以上言うな」
 結城の怖い声がして、真理は口をつぐんだ。
 寒空の中、薄いシャツとエプロン姿の結城は、それでも凛と背筋を伸ばして、虚勢を張っていた。
 少なくとも、虚勢だと、真理は――

「わかった、はっきりすればいいんだろ。言うよ。俺は、あんたのことが――」

 ――なぜだか、真理はひどく怯えた。緊張しているというよりも、ただ、その先が聞くのが怖くて、おそろしくて、どうしても聞いてはならないような気持ちになった。
 けれど。
 けれど、心配などする必要は、かけらもなかった。

「あんたのことなんか、本気で好きだと思ったこと、ないし。彼氏ができて調子こいてるから、ちょっとからかっただけ。安心すれば。クリスマスは俺、イケてる彼女ともう約束があるから、邪魔なんかしてる暇ないんだよ」

 意外なほどはっきりと告げられたことが、真理の中に衝撃として伝わってくる。
 これでもう、邪魔されることもないだろう。堂々と、彼氏との初クリスマスを楽しめるのだ。
 そう思いながらも、どうして、こんなに衝撃的なんだろうと考える。
 他人に、好きじゃない、と告げられたことか。いや、結城だからかもしれない。
 かつて、お互いに意識し合っていると思っていた結城に、そう告げられたことが、響いているのかも。
 正直なところ、真理には罪悪感のようなものがあった。結城に気のあるそぶりを持っていた自分が、突然、てのひらを返したように彼氏に傾いたことで、結城を傷つけたのではないか、と。でも、それも全部杞憂だった。良かったじゃないか。
 真理が黙り込んでいる間、結城はかたく握りしめた両手をおろして、じっと見ていた。
 やがて、くるりと背を向けると、バイトへと戻っていく。
 その姿が真理には、結城が遠くへ行ってしまったように、見えた。


 それから、結城とは喋らなくなった。
 向こうが無視している。
 他の女の子たちとはこれでもかってほど仲良くしてるが、真理にはそっけない。
 休憩室で真理が入ってくると、携帯を持ってすぐに出て行くほどだ。時々、電話の相手に甘ったるい声で、クリスマスの過ごし方について尋ねているのを耳にすると、これ以上ないくらい真理の苛立ちを起こした。
 別に、結城とクリスマスを過ごしたかったわけじゃない。ただ、彼氏と初めての甘いクリスマスを過ごそうとしている、その比較をされてる気分だからだ。真理の方ときたら、会うことは会う予定になっているが、どこに行きたいとか、プレゼントに何が欲しいとか、夜は泊まれるのとか、結城がおそらく彼女に聞いているような言葉は1つもなくて、ただ、刻々と時間が過ぎているだけなのだ。
 でも真理にはわかってる。彼氏はいつだってそうなのだから。
 あの、突然指輪をくれたときのように、でっかいサプライズが待ってるに決まってる。
 だから、真理は真理で彼氏への一生懸命考えたプレゼントを用意して、お肌やヘアやネイルを最高の状態に整えて、ついでに可愛い下着を買って、当日は、1年で1番可愛く装えばよいことなのだ。
 わかってるよ、そんなこと。