Toy Soldier


 う、ば、という指令とともに、指先が方向を示す。例えそれがやわらかなカーブを描いていても、そちらに確かな目的があるのだろう。しかしじっと真摯に見つめて聞き入れようとしても、理解することは難しい。戸惑いつつでもこみあげる笑顔をそのすぐ隣りに移すと、訳知り顔がにんまりと通訳する。
「お前の名前は何だって聞いてるぞ」
「あ、そうなの……? そしたら、えーと、初めまして、ナラサキトモカです」
 真面目に答えると、再びぶ、うぅぐるるという返答が返ってきて、私はもう一度慌てて彼に視線で問う。彼はふんと鷹揚に頷いたかと思ったら「隣りの野郎はナラサキの何だ、だってよ」
「えっ」
「俺はナラサキの何だって聞いてんだよ」
 私は徐々に顔が熱くなるのをおさえきれないまま、質問の主をそっと伺った。この世に生を受けて1年と経たない相手は、公園のベビーカーの中に横たわったまま、私たちにとっての世界よりはるかに小さく、小さく、ミクロに向かって無限大のようなところを相手に支配権を持っている。だから私は失礼のないように一生懸命に答えようとするのに、なのに、彼ときたらさっきから絶対それを逆手にとっているとしか思えない。
「何って……何って……」
「ん? 何だ? 早く答えろよ。早く知りたいよなあ?」
 そうしてつんと指先をぷっくりと小山を作っているほっぺに押し当てて、見たこともないような笑顔を築くのだから、意地悪い。用もないのに制服をあちこちいじくりまわして、その笑顔に参ってしまった私のことなど、お構いなしなんて。
「あ……と、その……」
「ん? 言ってみ?」
「だから、か」
「か?」
「か、彼氏……」
 私は穴を掘りたいほどの羞恥に沈みつつ、どうにか口にした。そう、私たちはつい先ごろ恋人同士というのになったばかりなのだ。彼のことがずっとずっと好きで仕方なかった。私の気持ちなんてダダ漏れだったかもだけど、彼は邪険にするそぶりも、かといって受け入れるそぶりも見せずに、ずっと私に友達として接してた。だから私はこの恋をずっと抱えたまま卒業するまで、下手したら大人になるまで仕舞っておかなくちゃならないと思い込んでたのに。ところが! ある日私に何て言ったと思う? 人のこと、妹みたいに可愛い可愛いしながら(それは彼のくせで、私はそれがたまらなく好きなのだ)、頬杖ついて、何て言ったと思う!?

『――で、ナラサキはいつ告ってくれんの』
『は?』
 顔を真赤にしながらなでられることに甘んじていた私が、寝耳に水といった態で可愛さのかけらもない声をあげても仕方ないよね。
『俺、待ってんだけど』
『な、え、ちょ、あの、その』
『え、俺のこと好きじゃないの?』
 この自信ったら、この図々しさったら、どっから生まれてくるの!?
 ――でも、私は弱いのだ。彼の、こういうところに、こういう性格に、たまらなく参ってるのだ。だったら、言うしかないじゃない。彼が言え言えって命令して、待ってるんだけど、なんて甘く……少なくとも私にとっては甘い言葉で告げられたら、恥ずかしさをかなぐり捨てて、言うしかないじゃない……。

 そんなわけでどうにかこうにか付き合うことになったけど、かといってその立場に堂々と甘んじれるほど私は神経太くない。彼はそんな私をさらにからかうのがいいみたいで、時折こうして2人の関係性を再認識させるように何がしか言葉にしてくるから、私の脳の中には普段曖昧に濁していることがちゃんとした文字になって、びんびん胸に、体に、心に響いてくる。
「わかったかあおまえ? 俺はナラサキの彼氏なんだからな。同じ男として勝負をしかけようったって、もう遅いんだぞ。諦めろよなあ」
 そんなことを子供に平然と言ったかと思うと、屈めていた腰をあげて、彼は私に手を差し出した。
「ほら、行くぞ」
「う、うん」
 おそるおそる手を伸ばせば、ぎゅうとからめられた指先が、するするとなでられる。
「ん? ナラサキはまだこいつに未練があるのか? 俺というものがありながら、他の男に気を取られてんのか?」
「男って……赤ちゃんだもん……」
「甘いな。赤ん坊だからって油断してると、10年後は怖いぞ」
「10年後なんて、この子はまだ小学――」
 私が言い終わらないうちに引き寄せられて、私の口は塞がれてた。性懲りも無く私は可愛げのない悲鳴のような声をあげてしまって、くすくす笑う彼の手が背中にまわっても、おどおどと彼の服を握りしめるしかできない。
「これで諦めたろう」
「も……バカ」
 顔をあげてられない。肩に額を埋めながら、動悸を止めようと必死で闘う。ああ、本当のバカは私なんだ。彼が小さなヤキモチをやいてくれたことに気づきもしないで、ただただ翻弄されてるような気になってたんだから。
 必死で、これ以上彼のことが好きになったら大変なことになるって、自分をなだめるための方法を模索してたんだから。


Fin