サクラ染まる



「お前ってホントどうしようもねえな」

 その言葉に彼女は、ずきん、と胸が痛んだ。容赦なく釘打たれて、早くも気分はどん底になる。

「救いようのないバカだ」

 彼はそう言いながら、彼女をじっと見下す。その目がひどく冷たくて、何も言えない。目を合わせられずに唇をぎゅっと閉じた。それでも彼女は彼のことが好きで、どうしようもない気持ちをうやむやにしようと苦心していた。

「お前みたいな女見てっと、イライラする」

 資料室に伸びる長い影が柔らかくて、窓近くの桜の枝1つ1つまで映ってた。
 その枝の影の先に、彼は立っている。
 夕日に染められて、桜のように彼も染まる。

「いつだって面倒な仕事ばっか押し付けられて、出来もしねーのに1人でのろのろと、無理なら無理ってなんではっきり言わねぇんだよ」
「そのくせ諦め悪ぃから、そうやって椅子から転げ落ちて物ひっくり返しておまけに足をくじいただぁ? 最悪だな」

 ひと目状況を見ただけで全てを把握してしまう彼には、彼女は何も言い返せなかった。
 桜の花のように咲き誇る彼。いつだって鷹揚で、輝いていて、堂々と腕を広げてる。彼女はその樹の下で憧れをもって見上げるだけ。何度でも幾らでも咲くことのできる彼に憧れて、そして、見上げるだけ。

「お前みたいな女、キライ」

 最後通告を突きつけられた人間のように、彼女は固まった。
 今まで、面と向かって「キライ」と言われたことはなかった。むろん、それまでのようなことはいつも言われていたから、キライと言われてるも同じだったけれど。
 それでも。それでも彼女は、いつも堂々と自分を主張し何事も立派に成し遂げる彼のことを目で追いかけ続け、諦めきれずに好きな気持ちを増幅させて。

 ――諦め悪い。

 そうかもしれない。
 今だって、こうやって泣きながら……と彼女ははらはらと涙を落としていく。いつの間にか溜まっていた涙が次々にしたたり落ちて、もう止められそうになかった。また嫌われてしまうのに。こんな愚図でノロマな人間が泣いたら余計に。そう思うのにどうしても顔を上げられなかった。

「うぁあああああもう!」

 急に、ポタポタと床に涙を散らす彼女を見た彼が、頭をかきむしりだした。

「最悪! 最低! お前ってなんでそうなんだよ! 少しは言い返すとかなんとか出来ないのかよっ! それで突然泣き出したりしてバカじゃねえかっ!!」

 頭の上から怒鳴りつけられた彼女は、ビクリと体を震わせた。

「俺はなあ!」

 俯けていた顔をぐいと持ち上げられて、彼女の目に溢れていた涙がすいと頬を伝う。

「俺はいつでも俺が中心でいたいんだよ! 俺が一番で、俺が勝手に気ままに暮らしてける、俺を中心にした世界じゃなきゃやなんだよ! なのに、なのにお前ときたら、そんな俺をイライラばっかりさせやがって!!」

 突然、へなりと床に座り込んでいた彼女の両脇に腕を入れたかと思うと、彼はいきなりその体を肩に担いだ。

「あ、あっ」
「世界の中心の俺のど真ん中に入ってきて、これ以上俺を引っ掻き回すなっ。気になって気になって仕方ないだろ!」
「…あの」
「お前みたいな女大ッキライだ、俺を惑わす女なんて!」

 正面を見据えた彼の目は、いつもの強さじゃなく少しだけ動揺を見せていた。
 けれど彼女は彼の気持ちをまだ理解できずに、彼の後ろ背に遠ざかる部屋や窓から覗く桜を眺めていた。
 桜は、赤く染まっていた。

終わり