勝手にしてよ


「あれ、ゆなちゃん。今日って吉本くんとデートって言ったよね」

 休日の午後。ぼうっと歩いていたゆなちゃんと偶然遭遇した時、一瞬で自分が強ばった顔になったのがわかった。どうにか持ちこたえたけれど、声が震えてしまってた。
 ゆなちゃんは立ち止まり、ゆっくり振り返って「そうだよ」と返すと、こくんと首を傾げた。
 そんな仕種も可愛いしそうでなくとも充分可愛いのがゆなちゃん。普段学校で見る時と変わらない可愛さがそこにあるのに、同時にそれを駆逐して余りある相当の破壊力が共存してるなんて。
「…まだ、行かないんだ?」
「今から行くとこ」
「…そのまま?」
「?」
「えと、着替えたりとかって、しないの」
 おそるおそる指をさす。ゆなちゃんはほけっと自分の服を見下ろしている。自分で何を着たのかわかってないのか、胸のあたりを両手でつまんで伸ばしている。思わず「起きてる?」と聞いてしまった。
「変かな」
「あー、ううん、変ていうか、ちょっと意外だったっていうか」
 何を問題にしてるかって。どう見ても、ゆなちゃんが着てるのは体育祭の時揃いで作るようなクラスTシャツだったから。おまけにネタ系で、おそらく担任の似顔絵と『俺は海賊王になる』という意味不明の吹き出しが入っている。さらに下はTシャツをインした上でウェストの紐を最大限に縛り、裾のイカリングを絶妙な位置で作ったスウェット。部活でもギリな、デートとしては例えこれから運動しに行くと言われても0点な服装に見えた。でもそれをそのまんま告げるには忍びなかった。でも全く言わないのもこう、もどかしいというか、やっぱり忍びない格好だった。まさかこんなに可愛いゆなちゃんがそんな格好でデートに行くなんて、と、衝撃が大きすぎてうまく対処しきれなかった。
 すっかりこっちの方が焦ってしまって、思わずお節介をやいてしまった。
「あのぅ、待ち合わせって遅らせらんないかな? せっかくのデートなんだし、そういうのも新鮮かもだけど、もちょっと女の子らしい服で行く方がいいと思うよ。よかったら私の、貸してあげるし、吉本くんにメールか電話して待ってもらえないか聞いてみたら。ね、うちまではそんな遠くないし、急げば時間かからないから」
「んー無理かな」
 ゆなちゃんはあっさりと否定して、ぱちくりと瞬きする。やっぱり可愛い。けどその下が絶望的。そして口からも絶望的なことを吐く。
「多分、吉本くんもう待ってると思う……1時間くらい」
「1時間!? て、え、吉本くんそんな早く着いちゃったの、てか、え、どういうこと」
「ゆなが遅れたの。時計見ないから」
「……」
 呆れた事実に今度こそ顔が引きつった。ゆなちゃんは相変わらずのんびりと説明を続ける。
「ゆな、時間通りに着いたことなんかないよ」
 だったらこんなとこでのどかに立ち止まっている時間も、加算されてるってことだろうか。おまけにその服で、1時間遅れた言い訳をどうやってするのだろう。いや、逆に言い訳のため? 寝坊して、もう目の前にある服を引っつかんできました、とか……むしろそれが真実だったりでやっぱ余計なお世話だった? でも、この言い種は、毎度のことってこと? 頭が混乱する。
「…それで、いいわけ? 吉本くん、怒んないの?」
 ようやく絞り出た声に、理解できないという本音が滲んでた。
「うん。吉本くん優しいし。それにね、ゆなわざとなの」
 そこでゆなちゃんは、とろとろっとした幸せそうな表情になった。
「ゆなが遅れてった時に見せる、吉本くんの嬉しそうな、泣きそうな顔を見るのが好きなの。それにいっぱい遅れると、ゆなン家まで迎えに来てくれるんだよ。だから遅れることにしてるの」
 両手を合わせて、どう見てもこころの底から真面目に告白してる。怖い、本気だ、この子。
「あ、そうですか…」
 もうなんだかどうでも良くなって、そうして視線を反らすと、たった今ゆなちゃんから聞いた「嬉しそうな、泣きそうな顔」をしてやってくる吉本くんの姿が見えた。




 教室で友達を待っている時に雑誌を読んでいたら、たまたま通りかかった吉本くんがぴっと指を突き出してきた。
「これ、俺こーゆーのが好み」
 頼みもしないのに指し示されたのは、女の子らしいAラインのミニワンピで、まあゆなちゃんと付き合うだけあるなという可愛い系だった。
「ふーん…」
 でもそれだったら、あの日のゆなちゃんのデートの服装はどう思ったんだろう。とか不意に考えてしまった。どう頑張ってひいき目に見ても、あれとこれとは結びつかない。どうやっても言い訳できない感じだけど、彼女のセンスが絶望的なら、彼氏が直してあげれば済むじゃないかとふと思った。
「じゃさ、ゆなちゃんにこういうの買ってあげなよ。絶対似合うと思うし、本人も吉本くんの好みとかもっと知りたいかも」
 婉曲にゆなちゃんの私服について指摘すると、吉本くんは意外にも「だめ」ときっぱり、言い放った。
「どして」
「だって。ゆなちゃんがこんなの着たら、可愛すぎる」
「は?」
 何を言ってるのだろう、この男は。こちらの気持ちがリアルに出てしまったのだろうか。
 吉本くんは本気で心配そうに真剣に、こちらの目を見て断言した。
「この間見たよな? あれ、あのすげぇ服。けどさ、あれでもゆなちゃんを可愛いと思っちまう俺がいるんだ」
「…」
「なのにこんな可愛い服着てみろよ。大変なことになるだろ。そんな可愛すぎたら、他の男にとられるかもしれないだろ」
「…」
「だから敢えてださいカッコさせてんの。俺にだけ可愛ければ、いいの。ゆなちゃんがモテないために、俺は努力してんの」
「…」
「だから、絶対、ダメ」
 もう一生、この2人のことには口を出さないと決めた。


Fin

novela 【彼女・彼氏とその事情】エントリー作品