王女の王女探し


「何かうまい手はないかしら、ジョアンナ」
 アレクサンドラ王女はその賢そうな瞳を鋭く輝かせながら、彼女の側近で、いつも快く、少々お節介なほど相談にのってくれるジョアンナ伯爵夫人の方を見た。アレクサンドラ王女は小さいながらも立派な東欧の公国の、たった一人の公女だった。彼女自身は王位を継げないが、彼女の夫となる人は次期公王となり、また彼女以外には正統に王家の血を受け継ぐ者はいなかった。
「今度のE国訪問に対して、ヴァンダール党はなおさら反発を強めているわ。恐らく直接的な行為に訴えてくるでしょう」
 この国の君主制度に反感を持つ主義の中でも、非常に知的で、歪んだ妄想で共和制を主張するグループがあり、その名を創始者から「ヴァンダール党」と呼んでいた。彼等は、今までにも度々このアレクサンドラ王女を懐柔しようと画策してきたが、王族の警護隊が非常に優秀であったことと、君主制と言えども民主的で徴税的な自己資産を持たない王族に国民が非常に親しみを持っていたことから、いつも最後の決め手に欠けていたのだ。
 アレクサンドラの父である現公王は重い病にかかっており、そう長くはないことが知れ渡っていた。一方、王女は健康的でまだうら若い20歳であったが、聡明で先進的で、この国をもっと豊かな国にするために進んでオックスフォード大学に入り経済や法律や教育を学んだ学識豊かな才女だった。彼女の夫が王位を継げば現父王よりもはっきりとした対策がとられるだろう。加えて言うなら、化粧などしなくとも、なめらかな白い肌にサクランボウのような唇、素晴らしく艶やかな髪の生命力溢れる美貌を兼ね備えていたので、求婚者には事欠かなかった。ただ、彼女のお眼鏡に適うものが無かっただけなのだ。そういうわけで、まだ子供だし女だと思って甘く見ていたヴァンダール党は急速にその矛先を王女に向け出した。彼女さえいなければ王家は絶え、混乱の最中に急進派がのさばってくるのは目に見えていた。
 1年程前、かつて王女が危機に見舞われたとき、それを救ってくれたのがヴィヴィエンヌ・ジョアンナ・ストロフ伯爵夫人だった。父王はジョアンナ夫人に感謝し、爵位を与え王女の側近として置くことを決意した。ヴィヴィエンヌ伯爵夫人は感動で体中を揺らしながら、これからも命懸けで王女を守ると誓った。そして、王女のよき相談役としてあったが、しかし、それで急進派の活動がとどまったとは言えなかった。今度のE国訪問も、E国が理想的な君主制をしいていることから、ヴァンダール党のような連中をどのようにあしらえば良いか協力関係を結ぼうというものだ。しかも、王女の気持ちはともかくとして、E国には素晴らしい王子達が3人も控えていると言う。ヴァンダール党にとって待っている理由は無かった。
「ついこの間だって、慈善事業に侯爵の所有地へ赴くのに、私が気まぐれを起こさなかったら――列車を途中で降りたりしなかったら――私はどうなっていたかわからなかったんですもの。あの後列車が盗賊みたいな一団に襲われただなんて、今でもぞっとするわ」
 そういうと王女はぶるっと1つ、身震いをしてみせた。しかし、そんな事はなんでもないというようにストロフ伯爵夫人は、そのでっぷりとした体を大袈裟に震わせてまくし立てた。この伯爵夫人には芝居がかった大袈裟なジェスチャーをする癖があった。
「ええ、確かにそうですわ王女様。あの時はあたくしもまさかそんな事が起ころうとは夢にも思いませんでした! しかしですよ王女様。反対に、降りた駅で誰かに襲われないとも限りませんのよ! 列車には王女殿下をお守りできる者が大勢おりましたのに、それらを全て置いて――このあたくしさえもですよ! ――そして、そして」夫人は「おお!」と十字を切ると気分を害したと言わんばかりに続けた。「あろうことか、王女様ともあろうお方が、町で車をつかまえてお乗りになっていかれたんですから! 辻馬車に毛が生えたような、あの、そこいら中を走り回って庶民を引きずりまわしてる、2頭立てですよ!!」
 伯爵夫人はそこで一息つくと、豊かな胸の前で祈りを捧げるように手を組み、王女の前に跪いた。
「お願いですからあんな無茶はなさらないで下さいまし。いいですか、今度何かお考えの時は、せめてあたくしには、あたくしだけにはおっしゃってからにして下さいまし!」
「ごめんなさい。あの時は単なるきまぐれだったの。もうしないわ、ジョアンナ」
 アレクサンドラ王女は淑やかに頷いてみせた。
 本当はそれなりの考えあっての行動だったが、今彼女と争う気はなかった。
「だからこうしてあなたに相談しているのよ。今度の旅はどうするのがいいかしら? 2度と同じ手は使えないでしょうね」
 今王女たち一行は、お忍びで地方都市へ滞在していた。バザーで寄った侯爵の所から直接E国へ訪問することになっていたので、公には一度宮殿へ戻ったことにして、こちらへ来ていたのだ。大袈裟な警護は返して、精鋭だけが残っていた。カモフラージュしたとは言え警備も手薄な今、どこでなにがあるか分からない。もう1つ安全策を練ることにした。2人はしばらく考え、そして伯爵夫人が口を切った。
「そうですわね。公女様のご聡明でいらっしゃることも敵はよくわかってるでしょうし、今度はよくよく作戦を練らなくてはなりませんわ…。予定と致しましては、E国へは国際列車で行って頂きますのでその駅までお車でご案内申し上げます。一応すべて王族とばれないようカモフラージュはいたしますし、幸い公女様のお顔を知る者は多くはありませんわ。なんと言っても、新聞に載っている写真ときたら、びっくりするほど不鮮明ですからね」
 アレクサンドラ王女は黙って頷いた。
「そう、だから…何か、何か身代わりを立てなくてはなりませんわ。そうです! 影武者をたてるのです! 密かに、公女様そっくりな娘をたてて、ご出立前にすりかわっておくのです。公女様は付き人としてついてかれるのです。やつらは、公女様だけを狙っておりますからね。付き人までに危害は及びませんわ。いかがでしょう!」
 伯爵夫人はこの思いつきにすこぶる満足したのか、自信を持って、声を荒げて喋った。王女もまた名案だと、身を乗り出した。
「それはとてもいい考えね。私にうまくその役が務まるかしら……?」
「大丈夫ですとも。メイド頭のへレンに『今回の旅用に用意したメイド』とでもおっしゃっておけば、誰も新入りのことまで気にするものはおりませんわ」
「けれど、どうやって探すの? そんな人」
「お任せ下さいまし、あたくしが責任をもってお探し致しますわ。新聞の広告に割りのいい、娘向けの求人依頼を出すのです。娘達はこぞって面接に来るでしょう。その中から、公女様によく似た姿形の者をお探しすればよいのです」
「いいわ。でも、その面接は私にさせて頂戴、ジョアンナ。だって、私の影武者ですもの。私がこれ、と思う者でなくては」
 王女の突然の申し出に、伯爵夫人は文字通り飛び上がった。
「しかし公女様、そのような事は!」
「いいえ駄目よ。それは絶対に私でなくては。隣の部屋からでも、集まった娘達を見ているわ」
 ジョアンナ・ストロフ伯爵夫人は何度も説得したが、頑として聞き入れない王女に根負けして、とうとう言う通りにすることにした。夫人は大きく溜め息をついて、肉付きのいい腕を広げて見せた。
「では、早速その広告を出すよう手筈を整えて参りますわ」
「お願いね」
 ストロフ伯爵夫人は大仰にお辞儀をすると、ふと気が付いたように眉をひそめて言った。
「いいですか公女様。くれぐれもこの件は、あたくしたちだけの秘密と言う事にして下さいましよ。どこから漏れるかわかりませんからね」
「わかったわ、気をつけます」
 夫人は満足げに頷くと、王女の部屋を出た。ドアを開けた途端、危うく誰かとぶつかりそうになって、悲鳴に近い声をあげた。
「まあ!」
「これはこれは、伯爵夫人」
「あら、あなたなの」
 相手は、近衛連隊長のエドワード・パルサー卿だった。彼が連隊長になって2年経った今で30そこそこという若さだったが、彼の精鋭部隊の王室警護は鉄壁と言われていた。前途有望と目された人物で、口髭を蓄えたなかなかの美男子だったが、青いその瞳には何か得体の知れない光を放っていた。彼は王室の遠い親戚と言う話だった。
「一体こんなところで、何をなさっているの」
 伯爵夫人は、さも胡散臭そうに彼のことを見た。
 しかし、パルサー卿は意に介した風もなく答えた。
「あなたと、今度の王女のE国訪問について、打ち合わせをと思いまして。聞きましたら、こちらにいらっしゃるというものですから」
「そう。でもあなた、随分前からここにいたんじゃないの」
 ストロフ伯爵夫人は、疑るような目で彼を睨みつけた。
「いえいえとんでもない。今来たばかりです」
「あたくしの声、大きかったかしら」
「さあ、なにぶんにも今来たばかりですので」
(この男、王の信頼が厚いようだけれど、油断ならないわ)
 伯爵夫人はそれ以上追求せず、つんと澄まして行ってしまった。パルサー卿はじっとその後ろ姿を見て、それからくるりと踵を返していった……。