ねえ聞かせてよ



 2人の人間がフルーツパーラーで苺のパフェをつついている。そのうち片方は男だ。今日はバイト代が入ったからと苺のショートケーキも頼んでいる。季節のフルーツをたっぷり堪能しながら、2人は密に話している。
 それぞれの学校帰りに、2人はここに来ていた。男は饒舌に話す。話したいことがいっぱいあるらしい。向かいの席の女の子は気のあるようなないような表情で苺をつついている。女の子は相手の話に興味がないようなふりをしている。ふりをしている、と断言するのは、実は彼女がさっきから笑いをかみ殺す為必死で唇をかんでいるからだ。
 彼女の方に先ず視点を当ててみよう。
 彼女は相手と同じく高校生だ。ただ見た目はちょっと変わっている。下は制服なのにキャップを目深にかぶり、昔のリサ・ローブみたいな形のサングラスをかけてる。キャップで押し付けた髪の毛はとんでもない色で、多分ヘアピースなのだろう。うそ臭いボブカットの両脇の毛が口元まで垂れてさっきから邪魔そうだ。可愛いオフホワイトのセーラー服の下はこれは制服ではないだろう、紺色のタートルネック、そのネックを顎まで引き上げた指なしの手袋の手が、ずり落ちそうなロングレッグウォーマーを何度も細いももへと引き上げてる。ともかく、肌という肌を隠しているように見える。店へ入る前はマフラーを蜂蜜すくいみたいに巻いて、待ち合わせの相手が来るまで建物と建物の20センチの隙間に入るように身を小さくこごめていた。
 そして今、彼女はずっと聞き手にまわっている。男の話に適当に相槌を打ちながら、時々笑いをかみ殺している。我慢ならない時は、顎までのばしたタートルネックが役立つらしい。スプーンでグラニテやアイスをすくう時は少しだけ下げる。同時に、頭も俯けて鍔(つば)で口を隠すように食べる。男からは顔ははっきり見えない。彼女は目立つ外見の中に個人を隠している。
 一方の彼は、どうやら別の学校らしい。彼女は女子高で、彼は男子校。2人の学校の中間くらいにある新宿で待ち合わせして、フルーツパーラーは彼の希望だ。相手の女の子が少し変わっているにもかかわらず躊躇ないのは、細かいことにこだわらない性格らしい。初めて彼女のこの姿を見た時ちょっと驚いただけで、後は綺麗さっぱり忘れてしまった。
 彼の方はごくごく普通の高校生といった感じで、少し猫背の体を彼女の方により丸め苺と生クリームを頬張りながら話し続けている。2人の会話を聞いてみる。
「…というわけでさ、信じられないくらい好みにドンピシャ。ツボもツボ、ストライクゾーンの中の更にストライクゾーンだったわけよ。見た目はお嬢様っぽいのに、話すとすっげー気さくで可愛くって。…なあカノウ、お前、トアちゃんと同じクラスだってゆーけど、どうしてあんな可愛くていい子がお前みたいなのの紹介にのってくれたわけ?」
「…うちの学校じゃ、それがルールだから。『私の紹介目録に載った人は、私の紹介を断らないこと』。それに最初っから見込みあるヤツの依頼しか受けないし」
 そう言って彼女――カノウと呼ばれた――はやや俯いた。
「え、じゃあさ、それって俺が見込みあるっつーこと?」
「まあ。間宮トラブル起こさなそうだし。あと、トアも間宮のこと気に入ってるみたいだよ」
「マジ!?」
 そこで間宮と呼ばれた男は口のアイスクリームを飛ばした。かけられた方のカノウは少ししかめ面になると、紙ナプキンでそれを拭きながらもう一度目深にキャップを下げた。ナプキンをくしゃくしゃと丸めると、それで、と続きを促した。
「次はどうすんの」
 間宮は興奮したまま更に身を乗り出す。
「もちろんこのまま突っ走るに決まってんだろ! トアちゃんも俺に気があるなら尚更だよ。今度デートした時俺もう告白しよっかな。しっかし依頼屋って本当にスゲーんだな。伝説の依頼屋がいるつって俺らの学校じゃ、カノウは崇拝されてっからな。依頼屋に頼めばどんな好みの女の子もゲットできるっつうの本当だったし。だけど俺が聞いた依頼屋の名前はお前じゃなかったんだよな。見た目の話は聞いたまんまだったんだけど。その怪しいナリ。ま、わかりやすくて俺は好きだけど。でもやっぱなんかもっと全然違う名前だった気がするんだよな。でもさカノウ、お前なんでそんなカッコしてるわけ? もっと普通でもいい気がするけど」
「一応、正体ばれるとやっかいだからね」
 ふうんとわかったようなわからないような様子で間宮は相槌を打ったが、すぐにどうでも良くなったのか
「ま、カノアイがつれてきてくれたトアちゃんは最高だしいっか」
と、もらったカノウの名刺、名前の欄に『叶 愛』と書かれたカードをピンと指先で弾いて、カノアイサイコーと微笑んだ。そして後から運ばれてきたショートケーキを「お前も食えよ」と言ってカノウ・アイの方に押しやりつつ、ケーキの横から苺をほじくりだして嬉しそうに口にする。
 カノウ・アイはそんな間宮を帽子の鍔の陰から見やりつつ、再びレッグウォーマーを上げた。こんな格好するのだってかなり苦労がいるのだ。
「…間宮って本当に甘いもの好きだよね」
「あん。バイト代入ったばっかしだし、遠慮なく食えよ。俺まじで感謝してんだから」
「そうする」
 カノウ・アイは小さく笑いながら、残りのパフェを少し脇にやって、間宮と同じように苺をほじくり出すことにした。間宮は馬鹿だけど、それでも気に入ってしまったんだから仕方ない。間宮の振り回している自分の名刺を見て、こっそり苦笑する。
(確かに、気に入ってくれたのは嬉しいし、ありがたいけどさ…)
 間宮とは、初めて会った時からフィーリングが合った。見た目は全然普通なのに、喋ると海の上で大きなどんぶりに揺られてるような心地好さがあった。ちょっとお喋りだけど、自分がお喋りな方じゃないから丁度いいし、それにこんな変てこな格好している自分を、気にせずフルーツパーラーなんかに引っ張り込むような男なのだ。そんなことしたのは間宮が初めてだった。そういう大らかなところにすぐに惹かれた、と言ったらいけないだろうか。
 間宮は、カノウ・アイが名刺を差し出すとすぐに「なあカノウ、俺の好みを聞いてくれよ」とまるで旧来の友達のように相談してきた。間宮の好みは単純で、ちょっと細っこいのがいいという見た目の指定以外は、明るいだの朗らかだの全部”陽気”の説明みたいなものだった。頼みもしないのに自分の生い立ちやら予定のデートコースまで教えてくれるから、カノウ・アイは段々面白くなって、1つ悪戯心も兼ねて試してみることにした。〈自分自身を間宮に紹介する〉という。
 ――ま、こんな名刺作った私が悪いのかもしれないけどね。
「ねえ間宮。あんたもう少し勉強した方がいいかもね」
「ん? そお?」
「特に漢字」
 間宮は美味しそうにケーキとパフェとを頬張ってる。カノウ・アイ、もといトアこと叶愛は、それでも、次のデートでどんな風に間宮が告白してくれるのか、楽しみだった。

終わり