パーフェクトゲーム 2


「お待たせ。さあ乗って」
「失礼しますわ、色男さん」
 梨古が車に乗り込むと、敦之はドアを閉めて運転席に座った。車は高らかに発進した。
「俺のことは、敦之って呼んで貰って結構。それに、敬語もいらない」
「あらそう。じゃあ私のこともリコでいいわ。そんなに気張ってカッコつけなくても、私はあなたになびいたりしないから、安心して好きなようにして」
 2人は早速デートに来ていた。賭けをしようと決めてから次の休みの日。取り決めどおりに2人は付き合い始めてドライブすることにした。1ヶ月。出来るだけデートを重ね、少しでも梨古が敦之を恋愛対象として行動したら、敦之の勝ち。梨古がなびかなかったら敦之の負け。いずれにしろ1ヶ月だけの遊びなので、先は見えている。遊び感覚のノリは、2人の闘志に火をつけた。
 もともと、敦之は賭けやゲームが好きだった。梨古がこれに乗ってこなかったら何か別の方法でぎゃふんと言わせてやろうと思っていたが、あっさりいったので、大いに満足していた。どうせ敦之にとっては今までの女達との駆け引きとなんら変わらない。違うといえば、相手を本気にさせようと努力することだけだったのだ。
 一方の梨古も、どうやら負けず嫌いらしい。子供っぽいと言われようとなんだろうと、売られた喧嘩は買う。勝つまで絶対止めない。そんな気の強さが見えた。彼女は彼女で勝算があると思っているようだ。さあどうかなと敦之は思った。
「で? わざわざ負けるようなことなんてしないのでしょうから、さぞかし素晴らしいデートを考えてきたんでしょうね」
 梨古が面白そうに言った。
「もちろん、考えてきてないよ」
 敦之は負けじと笑い返す。
「行き当たりばったりが僕は好きでねえ」
「あらそう。つまらなかったら帰ってもいい?」
「それは困った」
 困った風もなく言う敦之の様子に、梨古が顔を背ける。敦之はニヤついた。
 一応断ってから煙草に火をつけると、開けた窓から気持ちの良い風が吹いてくる。車は海辺の方に向かって走っていた。もうすぐ着くはずだ。
「で、リコは何歳なの」
「幾つだっていいでしょ」
「じゃあ一人暮らし?」
「それもどうでもいい」
「こんな賭けをするってことは彼氏はいないのかな」
「言ってる本人が、本当の彼女なんて1人もいないくせに」
 敦之は煙草をゆっくりと味わいながら、ドライブを堪能していた。この女、本当に適当にあしらっていいと言っているんだ。そんなことでは騙されないってことか。ちょっと面白かった。
「くだらない質問はやめにして、世間話でもしてなさいよ。私は、どんなにお金持ちでどんなにカッコよくてどんなに素敵な振る舞いをされても、誠実じゃない男は好きにならないの。女の子との付き合いを体だけしか考えてないような馬鹿男のしゃれた会話なんて、聞きたくもないわ」
「これは、最初から手厳しい」
 憎らしげに言う梨古が面白くて、彼女には昔何かあったのかなと思わず邪推する。梨古はフンというと、横目で敦之を見た
「じゃあ聞いてあげる。何でこんなことしたの」
「こんなこと?」
「賭けよ。あなたは女と見れば声をかけるの? 自分がちょっとイイ男だと思って、誘えば女がついてくると思ったから?」
「別に」
 敦之は煙草をもみ消すと、浜辺近くに車をとめられる所を探した。すぐに見つかって、ゆっくりと停車すると、2人は降りて歩き始めた。
 夏も終わりで、海にはマリンスポーツをする人以外は余り見当たらない。恐らくもうクラゲが沢山いるのだろう。しかし、天気のいい暑い日に来るには向いている。敦之は答えた。
「女性にぶたれたのは初めてでね。結構痛かったんだなこれが。今まで数々の修羅場を潜り抜けてきた俺を一発で殴ったんだから。これはお礼しないと、と」
 敦之のふざけたような物言いに、梨古は顔をしかめた。
「あなたって本当に女を馬鹿にしてるのね。自分になびく自信があるからこういう下らないゲームを思いつくんでしょう」
 海沿いの道をゆるゆる歩いた。海からの風で涼しい。着ている服がばたばたといって、体にまとわりつく。敦之は白いワンピースを着て風にあおられるままにしている梨古の姿をじっと見た。確かにこの女はいい女だな。自分の好みではないと思ったが、黙っていれば綺麗に見えなくもない。多少子供じみたところがあるようだが、ベッドの上では悪くないだろう。
 敦之はそんな風に思ってから、座るところを探して目線を動かしつつ聞き返した。
「じゃあ聞くけど、君は何で承諾したの。このゲームに付き合わなきゃいけない義理はないはずだよ。名刺を置いていったのは、喧嘩を買うためであって、ゲームをするためじゃないだろう?」
 少し先に腰を下ろせそうな縁石があったので、敦之がハンカチを敷いてやると、梨古は首を振ってそれを返した。
「いいわよ、このくらい。このまま座るわ」
「お好きに。で、何故?」
 梨古はちょっと考えてから、敦之のほうを見た。風が彼女の髪を後ろに吹き上げて、すらっと伸びた足が綺麗にラインを描いている。敦之はセイレーンを見ているような気がした。何でそんな風に思ったんだろう。意地悪だからかな。ぼうっと梨古を見続けると、梨古は視線を外して言った。
「さあね。あなたにお説教垂れたくなったんじゃない。あなたなんかに夢中になる女も女かもしれないけど、少なくともあの彼女、麻耶とか言ったっけ? 麻耶はあなただけを見ようとしたんでしょう。それなのに、あの断り方ってないわ。真剣に対して真剣で答えないなんて、ひどいじゃない」
 いつもなら説教にはうんざりしているところなのに、相手が違うとあまりに気にならない。敦之は梨古の顔をじっと見てみる。
「君は見た目より年なのかな? ホント説教じみてる」
「失礼ね。なら帰るわよ」
「それはないなあ。もうちょっと付き合ってよ」
 立ち上がりかけた梨古の腕をしっかりと掴んだ。ヒールの高いサンダルでバランスを崩した梨古は、敦之にもたれかかり2人の距離は縮まった。
「おっと失礼」
「ごめんなさい」
 素早く離れようとした梨古を、敦之は離さなかった。そしてそのまま梨古に顔を近づけていく。
「やっ」
 梨古は噛み付きそうな勢いで拒絶した。
「何するのよ、変態!」
「変態ってなんだよ。当たり前だろう? リコを落とすのが目的なんだから」
「落とすなんてやめて。失礼よ」
「じゃあどうやってリコを虜にすればいいの?」
「敦之って、おかしいんじゃない!? 女がみんな、あなたと同じだけの性欲やら何やらを持ってると思わないで。力技で私を落とそうとしたって、駄目よ。そういうのが、わかってないから私はこの賭けに乗ったのよ」
「へえ」
 急に腹の底からおかしさと、ワクワクとしたやる気みたいなものがこみ上げて、敦之はまだ掴んでいた梨古の腕をしっかりとからめ取った。なるほどね。嫌そうな顔をしたものの、梨古は今度は拒絶しなかった。
「リコって面白いな。意外に大人なところもある。今までそうやって、何人の男を泣かしてきたのかな」
「いやあね。そういう質問もサイテー」
「はは、リコにかかれば俺はサイテー以外の何者でもないだろ」
「もうお腹減った。どこかに連れてってよ」
「はいはい」
 敦之は梨古の手をしっかりと握ると、はりきって歩き出した。もしかしたら、これが俺の理想の付き合いなのかもしれない。ベタベタしたものもなく、お互い胃もたれするような感情もないさっぱりとしたもの。当分は楽しめそうだ。
 実は、必ずゲームに勝とうなんて考えてなかった。ただ相手をちょっぴりぎゃふんと言わせてその場で楽しめれば、どうでもよかった。新しいオモチャ――今までにないタイプのオモチャがどういう反応を見せてくれるのか、ちょっと試したくなっただけだ。勝ったら勝ったで何か要求すればいいし、負けたらあっさり別れられる。こんな気楽な付き合いはない。ゲームをしてればいいだけ。賭けという行為が好きなだけで、結果なんてどうでもいい。
 早速収穫があったぞ。梨古は俺が女になったみたいな女なんだ。
「よし、とびきり美味しい海の幸を食べに行こう」
 上機嫌で敦之は、車に戻った。
 梨古は不機嫌そうに、つないだ手をじっと見ていた。