パーフェクトゲーム 1


 女遊びは男の甲斐性。泣(鳴)かした女の数で、男の価値は決まる。
 敦之(のぶゆき)は今目の前にいる女を見ながら、ぼんやりとそんなことを考えた。本格デビューした高校時代もその後の大学時代も、遊んだ女の数ならちょっと負けはしない。それが彼の足跡だった。
 本気でお付き合いなんて面倒で、どこまでもライトな関係が男にも女にも最良。繋がってるのは体だけ、相手が2股でも3股でもお構いなし。それでお互い面倒になったらサヨウナラ。そんな方が後腐れないし、気持ちが楽。それがポリシー。
 まあ相手も同じ感情とは限らないから、修羅場になったことも1回や2回ではなかったが。敦之はこっそり苦笑しながらコーヒーを飲んだ。最初は女の方も遊びのつもりだったのに我慢できずに本気モードに突入されたことも少なくなかった。だがそういう時は逆らわないのが1番。泣いても怒ってもへらへら流してれば「冷たい男!」と大抵怒って出て行く。飲み物をかけられそうになったことも、相手の彼氏とやらに殴られそうになったことも何度もあるけれど、さすがにそこまでされるのは好みじゃないので、いつも上手にかわしていた。それが大人の男だろう。そう自負していた。
 今もうんざりするほど場数を踏んだ別れ話のモツレの最中。正直言って、いつもこうなることを見越して付き合ってるわけじゃないのに。というより、こうならないかなと思って手を出してる女ばかりのはずが、大体最後はこんなだから始末に終えない。今までですっきり切れたのは、遊び慣れた年上のイケてる上司と、敦之と寝たことを翌朝覚えていないようなひどい2日酔い女だけだった。その女の時は「頼むから彼氏に内緒にしてくれ」と懇願されて逃げるようにホテルを飛び出されたっけ。でもあれくらいのが楽でいい。そう思ってから、敦之は目の前にいる女の存在を思い出した。
 さて。目の前のこのお嬢さんは、さっきからぐずぐず怒ったり泣いたりを繰り返しているけど、どうしたもんかねえ。彼はちょっと思案した。
 相手は21歳、OL。同僚に誘われて仕方なくついていった合コン相手の中にいた。会社の受け付けやってることを自慢するような外見だけの空っぽちゃんだったが、遊びなれてるようだし、彼氏がいてもこういう席での何かを期待してる様子なのがわかった。自称火遊びも数知れず。女の好みはそれなりにあるけど、幅を広げるかと手を出してみたのが失敗。ああもう大失敗。
 別に関係を慌てて切る必要があるわけじゃない。けど向こうは慌てて彼氏と別れたらしい。そんなことを聞かされて“これは逃げるしかない”、と早めに手を打つことにした。何度か電話で言っても埒があかないから、仕事帰りに食事にも誘わずこんなサ店に連れてきたが。敦之はコーヒーで胃を満たしながら再び考えた。

「ねえ聞いてるの? アタシ本気よ。敦之のこと、人生かけてもいい相手だって気付いたの。敦之じゃなきゃ満足できないの。だから今までは遊んでたけど、今度は身の回り全部清算したわ。こんなこと初めてよ。信じて。あなたとは1対1で付き合うことが大事だって、気付いたの」
 まあ確かに。少なくとも見た目はイイ女なわけだし。今までは男を袖にすることに生き甲斐燃やして来てたこと自慢してたから、信じないわけじゃないけど。
「でもさあ、俺は違うんだよね。君のこと人生かけてもいいとは思ってないし今後もそういう付き合いするつもりない。最初から言っただろ? お互い火遊びしましょって。だからこういう関係になったのに、約束破っちゃいけないなあ麻耶ちゃん」
 笑顔を崩さず煙草に火をつける。家で吸うと家族がうるさいので外ではここぞとばかりに吸っている。ちなみに、妻子がいるわけじゃない。
 遊びはしても実家を出ないのは基本。プライベートに足突っ込まれたら面倒だから。家族がいるというのはいい煙幕になる。昔は家に連れて行くことを試してみたりもしたけど、全部が全部良くない結果に終わったから、リサーチ終了。もう絶対内側には踏み込ませないと決めた。
「麻耶ちゃんがそういうお堅いこと言わないで、今までどおり遊びましょ♪って来たら、俺はいつでもお相手するよ。けどそんながっちりまわし締めて張り手で突っ込まれちゃったら、俺、逃げられないよ。わかる? 女の子なんだからさ、もっと軽やかに可愛くいこうよ」
 敦之は煙を吐くために少し窓の方を向いた。こんな相手でも、煙をかけないとか支払いはこっちが持つというポリシーを曲げてはいけない。ただ、徐々にその関係を希薄にするのが重要なのだ。敦之は笑おうとした。だが突然その余裕はなくなった。
「あっ」
 麻耶の短い声があがって、敦之は反射的に振り向いた。反射神経は昔からピカイチと謳われてきた敦之だったが、このフェイント攻撃には耐え切れなかった。ブンという音と共に何かが振り下ろされて頭に衝撃が走った時には、防御するのに出した腕も虚しく、完全に頭をバッグではたかれていた。
「………」
 あまりのことに敦之は目を見開いて見上げた。麻耶も驚いて何も言えずにいる。2人ともぽかんとして、その凶暴な所作に出た相手を見つめていた。
「あなたみたいな奴、男の価値ないわ。彼女もこんな奴やめたら? ちなみに今のは私を不快にした罰。どなたか文句があるならここにどうぞ」
 ある意味気っ風がいいと言えなくもない一連の動作で、相手は自分の名刺を置いて、店を出て行った。
 突然の出来事に、誰もが無言で、ただ、名刺だけが残った。


 敦之は帰る間中機嫌が悪かった。
 どうやらさっき自分を殴っていった女性は、単に後ろの席で敦之たちのやりとりを聞いて腹を立てただけの通りすがりの客のようだ。別に事を荒立てるつもりは敦之にはなかったが、何か一言言ってやればよかったと後悔した。あの場ではともかく麻耶との状況整理が先決だと我慢したけど、何か言ってやらないと気が済まない。女に殴られるなんて初めてだ。
 気まずくなった雰囲気のお陰で、ともかくも麻耶とは別れることが出来た。敦之はしかし、敗北感に近い感情を初めて味わっていた。
 相手はすらりとスーツを着こなした若そうな女。OLだろうかと敦之は考えた。名刺といっても名前と携帯番号しか書かれていない。まあ社名を出すのもまずいのだろう。しかしあれだけのことをするのだ、よほど気が強いと見える。見た目はなかなか可愛いが、あれでは嫁の貰い手もあるまい。一体何人の男たちが殴られただろう? 敦之は生き物として疑いたくなった。
 家に帰ってから、少し気分を直すのも兼ねて車で出かけることにした。スーツもそのままに車に乗り込むと、煙草を咥えながら夜の街を走った。ネクタイをゆるめて2、3本も吸ったところでようやく考えがまとまって、敦之は携帯を手にした。
 数コールで相手が不審そうに出る。
『はい』
「もしもし、斉藤梨古(りこ)さん?」
『そうですけど』
「俺ですよ、さっき殴られた」
『ああ』
 敦之はタイミングよく車を脇にとめると、ちょっと口の端を持ち上げた。
『なんでしょう、早速仕返しかしら』
 相手は落ち着いたものだった。
「俺と、賭けしません?」
『賭け?』
 敦之は余裕ある様子でもう1本煙草に手を伸ばした。
「そう。あなたは言った。俺みたいなのは男じゃない、と。だったらこうしましょう。しばらく俺と付き合いませんか? それであなたが俺に惚れなかったらあなたの勝ち。何でも言うこと聞きますよ。でも俺が勝ったら」
 敦之の顔に再び笑み。
「俺の頭を殴った代償を払ってもらいます」
 しばらく相手――梨古は黙っていた。
『随分余裕なんですね。一応聞きますけど、そんな馬鹿げた賭けに付き合う必要って私にあるのかしら』
 梨古の落ち着いた話し振りに、敦之は感心すら覚えた。
「さあ。でも少なくとも名刺を置いていったと言うことは、何らかのアクションを起こされても文句ない、と言うことでしょう? あなたも大人なんだから、自分の行動に責任を持たないとね」
 しばらくの間。
『――いいわよ。あなたみたいなお馬鹿さん、見たこと無いわ』
 梨古は承諾した。ゲームが始まった。