意地悪な俺の見る夢



 夢の中の俺は、体ごと美夕を壁に押しつけて息が出来ないくらい口づけを繰り返してた。
 唾液で艶(つや)やかに光った美夕の唇から溜め息のような声が漏れ出て、しどけなく力の抜けていく体は、やがて床へとくずおれる。俺は極上のベッドのような柔らかい体の感触を味わいながら、絡め取られるように圧し掛かる。
 嘲笑うかの如く嬌声を上げる彼女の、白く誘(いざな)ううなじへ噛み付けば、くっきりと紅く鬱血した痕がつく。夢にしてははっきりし過ぎるほど臨場感があって、夢の中なのに、無我夢中だった。
 夢はそこで終わっている。というのも、その後邪魔が入り、ビックリして思わず目が覚めてしまったからだ。それでも自分が見た内容の生々しさに、暫くは動けないでいた。
 息遣いがリアルで。夢から覚めた後でもその感触が残っていて。
 こんな欲剥き出しの夢を見た自分への恥ずかしさもさることながら、その対象がこれから会おうとしている彼女だったら変に意識してしまうのではないかとか、悶々としてベッドから動けなくて。もう一度寝たら続きが見られるかなと変な事を考えたり。
 そんな。
 待ち合わせにやや遅れるくらい動揺した事が、
 今実際に起こっているこの状況を、
 かなりマズいと思った。



 ――美夕が、俺の体の下で倒れている。
 今日2回目と錯覚する体勢に、正常な思考は停止気味だ。
 ヤベぇよヤベェ、と思いつつもこの次の状況をどちらの方向に向けようと躊躇したとしても、それは健全な高校男子なのだから許して欲しいなんて意味のない言い訳を心の中でしてみたり。
(ってゆーか、正夢?)
 ……言っておくが、宿題のせいで起こった事故であり決して下心からこうなったのではない。
 今日は美夕が一緒にレポートしようって言うから折角の休日だけど図書館に行く予定だった。ところが、大事な資料忘れたから、じゃあ取りに帰ろうってことになった。つまり何の気なしに美夕の家に行っただけで、別に最初から彼女の家に行くつもりも、ましてや部屋に上がるつもりも毛頭なかった。その時美夕の家族が誰一人としていなかったことなんて、俺のせいじゃないし。
 忘れ物を探してる間、俺はちゃんと外で待ってたんだ。ところが2分後、短い叫び声と共に美夕が泣きそうな顔で出てきて、変な虫がいるから追い出してくれって半べそで背中に張り付かれれば、自然退治しにあがらざるをえないだろ。
 部屋に入ると、確かに1匹でっかい変なのがブンブンいいながら飛んだりとまったりしてる。ノートで追い立てても同じとこばかりぐるぐるしてる虫は、窓の外より美夕の部屋の方が居心地いいみたいで、なかなか出て行かない。ムカついて殺してやろうと思ったけど、何せこの部屋で潰したら絶対に何か言いそうだから、ドアの外で怯えてる彼女の為に耐え忍ぶことにした。
 ってさ、なんかうだうだ言ってるけど。とにかく、ようやく窓際での一振りで虫が消えたから、それを確認すべく、美夕が、恐る恐る部屋に入って来た、そこまでは良かったんだって。

 …部屋の微妙な位置で突っ立ったままの美夕は、かなりの警戒顔で辺りを窺ってた。虫を追い払ったノートも捨ててくれって目をするから、美夕ってそんなに虫嫌いだったのか、しょうがない、よしよししてあげようと俺が手を伸ばしたのと同時だったと思う。
 ブン
 どっかで聞いた嫌な音と、黒い物体が低空を横切った。俺が驚いたくらいだから、美夕の方は大分ビックリしたんだろう。『ギャッ』っと俺にしがみついたかと思うと、小さな折りたたみ机にけつまづいて後ろに倒れた。
 ――あ
 引きずられながらも俺は慌てて支えに入った。机がひっくり返って膝を強打したけど、片腕で美夕の頭だけは守った…よな、って。
「……」
 ハッと気付けば、腕の中に抱きかかえて見下ろす美夕の上気した頬、触れた胸と胸、右足に感じる柔らかい太ももの感触。
 ――こりゃ反則だろ
 意識してしまうと、上がった足と少しだけめくれたスカートの裾、しどけなく自分に体重を預けてすがる姿はひどくこちらを動揺させる。
「――」
 俺はムクムクと湧き上がる欲望をどう消化すべきか迷って、その体勢を崩せないでいた。



 それが、ここまでの経緯。
「あ〜〜〜」
 とり合えず間の抜けた声を出すと、美夕は「あ、ごめ…だいじょぶ?」と潤んだ瞳で言った。胸が言葉に合わせて動き、目元が朱に染まってる。どうしてそんな風に煽るんだ。目のやり場に困るだろ……。
「えーと、平気?」
「ああ、うん。あたしは…」
「虫はもういないよ――多分」
 “多分”なんて濁す、ずるい俺。
 ごくりと唾を飲む喉元の上下が激しくて、動悸が伝わってしまうんじゃないかと恐れる。でもこんな状況に意識しない男の方が変だろう。一旦心地よさを味わってしまった体は、我が事ながら儘ならない。美夕はこちらが動くのを待っているのか、何も言わずにそのままの姿勢でいる。じゃあもう少しだけこのままでいいのかな、なんてじっと瞳を覗き込む。
 ここで下手に動いたら美夕は逃げてしまうかな――などと少し打算的に考えていると、ようやく美夕が目を上げた。
 黙って目を合わせていると、ふいに美夕の首元まで朱が差す。俺が目を逸らさないと知った美夕は、多分気付いてしまったのだ。揺らいだ瞳が逃げ出す前に、俺は行動していた。

 その甘さに体中がびりびりと痺れた。

 何も口にしていないのに無性に甘い唇は、美夕自身の味。柔らかい感触は啄(つい)ばんでも啄ばんでも飽きない。押し当て、挟み、吸う。舌を唇に這わせれば美夕の睫毛が微かに震える。そのまま口を塞ぐと、苦しいのか、切ない吐息が漏れ。
 その声に、欲情する。
 こんな声をあげる、この喉ごと己のものにしたい。全部俺のモノだってわからせてやりたい――ぐ、と抱きしめる手に力を入れると、今までよりももっとずっと深く、口付ける。
「――ん」
 キスに応えながら、そろそろと両手で服をつかんでくるのが堪らない。美夕は俺を甘やかしすぎだ。もっと嫌がってくれていいのに。もっと焦らしてくれていいのに。夢の中での美夕の姿が甦り、のけ反るように浮いたうなじに吸い付くとびくんと体が揺れて、右膝が浮き上がった。そのしなやかな足をすかさず捕まえて、その上に左手を滑らす。すると美夕は恥ずかしそうに俺の左手に右手を重ねるから、今度はその手をつかんで、頭の上に押さえつけた。
「俺――我慢できないよ?」
 半分冗談ぽく言ってみれば、美夕はまた顔をそらして赤く小さく「…ほんとに?」と言う。でも知ってる。彼女にももう火がついてるってこと。
 だからもう一度キスをして、それから、美夕の服に手をかけた。

「窓が…窓、開いて…」
 蚊の鳴くような声が頭上から聞こえる。
 ここはベッドでもなくて、魔物がいる夜でもない。
 だけど意地悪い気持ちが込み上げて、それを無視したままボタンを外してゆく。体にキスを落としながら、貪る己の姿を想像し血が逸(はや)る。もうベッドに上げる時間も惜しい。
「孝明くん…」
「ダメ」
「だ、だって」
「我慢できないって、言ったじゃん」
 わざと意地悪な顔をして美夕を見れば、美夕は困ったような何とも言えない扇情的な顔をしてこちらを見てくる。あの夢と同じく、緩やかな午後の陽(ひ)が、肌を照らすように美夕の上に落ちている。
「けど――っふ」
 また言いかけたところで、耳の裏を舐め上げた。捲れ上がったスカートから程よい肉付きの太ももと下着が見えている。
「パンツ、可愛い」
「っ!」
 ひどく恥ずかしがるからそれが嬉しくて、もっと言葉で責めたくなる。
「今日、こうなること、予想してた――?」
「違…あ、やっ…!」
 返答しようとする度敏感なところに触れると、美夕は身を捩りながらどんどん赤く染まっていった。
 どんどん夢中になる。
 どんどん狂わされる。
 一生手離せないんじゃないかと覚悟するくらい、美夕がよがるのが心地好くて。
 ゆっくりとその花芯に近づきながら耳元で囁く。
「美夕…可愛い……」
「ヤぁあっ…」
 それだけで美夕の潤いが増すのがわかる。言葉だけでもこんなに乱れるならば。もっともっと苛めたらもっともっと良くなってくれるのだろうか。声を堪(こら)えようと噛む唇を、空いている方の指で無理やり押し開く。ぷは、と空気を求めて開いた口内に指を挿し入れて犯す。舌が熱い。無意識なのだろうが入れられた指を咥える姿に臨界点に近いような感覚を覚える。ああ、こんな姿、誰にも知られたくない。永久に自分だけの特権にしておきたい――その時ふと、美夕の以前の彼氏の顔が浮かんで、今まで思いもよらなかったような嫉妬心が湧くのを強く感じた。
 アイツの前でも美夕はこんな姿態を晒したの?
 アイツとした時もこんな風によがったりした?
 それは考えても比べても意味のないどうしようもないことなのに、性欲と共に高まった嗜虐心が暗い炎を高ぶらせる。
 どす黒いどろりとした物が、浮かぶ。

「ねぇ、気持ちいい?」
「は……」
 イヤイヤをする美夕の口から指を抜いて、その顎を固定した。
 自分だけを見つめるように。自分だけに酔いしれるように。
 そんな願いをかけるように見つめると、美夕は形のいい眉をひそめて再び喘いだ。辺りには2人の息遣いと静かな午後の陽射し、そして水音だけが漂う。誰もいない。誰も来たりなんかしない。これは夢なんかじゃない。
「…ねぇ。美夕と付き合うと、誰にでもこんな風に乱れちゃうの? 俺以外でも欲情する?」
「孝っ…違……アァ!」
 弄ぶ俺の腕にしがみ付いていた両手が、爪を立てた。
 唾液に濡れた指で、唇をなぞれば、その震えがダイレクトに伝わる。
「美夕は今までもこんな風だったの」
「あたっ…し……は…くっ……ん」
「ねぇってば」
 言う度に責めて、美夕がうまく答えられないようにした。聞きたいくせに聞くのが怖かった。美夕の目から生理的な涙がこぼれるのを見て、口づける。ほしい? と聞く。そうすると美夕は唇をかんで堪える。だからもっと責めたてる。ねぇ、言って。ほしい? 俺のことがほしい? とうとう限界がきたのか小さく、こくん、と頷いた。
 おれのてのひらじゅうがぬれていた。



 少しだけ空いた時間に、拗ねた声がする。
「孝明くん、ヒドイ…あんなこと、言ったりして」
 ちらと美夕を見たら、美夕はぷいと顔をそらした。同時に溢れていた涙がすいと頬を滑り落ちる。
「あたっ…しは!」
 抵抗力を失ったようにだらりとした美夕から、熱と共に甘くいい香りが漂った。すぐに鼻を髪の毛に埋めて、深く息を吸う。俺ってば、変態かもしれない。泣いている美夕を見て欲情、してるなんて。
「あたしは…孝明くんだけなのに」
 その言葉を聞いた瞬間、俺は突き刺すように侵入した。
「や…あぁっ」
「ごめん美夕」
 小さく謝ると、苦いような心の痛みは散る。ごめん、ごめんね美夕。だけどすごく嬉しいんだ。代わりにこれ以上ない程の快感がこみ上げる。
「あ――ふ……!」
 嬌声をあげる姿に、美夕、美夕、と何度も声をかけていた。クッションの上で反り返る背を抱いて、何度も何度も。膜越しなのに、夢で思い描くよりも、ずっとずっとキモチガイイ。
「みゆ…名前、呼んで」
 そこにいるのに、美夕に包まれているのに、どこかに行ってしまいそう。
 現実の方がこんなに儚いのは何故?
「た――孝明く――んぁっ」
 その声を、その言葉を聞くだけで、安堵感と切なさでいっぱいになる。
 脱ぎきれていない纏わりついた服が妙に艶(なま)めかしく、煽りつづける美夕の体が、昼の光が残る部屋の中でゆらゆら揺らめいて、とても淫らだと思った。
 お互いから漏れる音が部屋に篭り、壁に反射する。ぐいと押し広げたはずのその間で締め付けられて、目眩がする程快楽に溺れる。大好きな彼女なのに、こんな卑猥な目で見てしまう。大好きな彼女だから、見てしまう。夢でも現実でも俺はいつも美夕のことばかり追い求めて、いつだって彼女に包まれていたいなんて夢見てしまう。

「あ…なんか、も……おか、しく…なり…そう……」

 美夕のことは、知り合った時からいつか好きになるだろうなと思ってた。
 そう思ったら、彼女ことを随分長い間夢見てたんだって気付いて。
 こんな風に彼女を掴んでる自分がなんて幸せで、なんて酷い、と笑いたくなる。
 返す美夕の手は、力強い。
「たか…き……くん」
「お前のこと…ずっと」
 切ない気持ちで呟いたことは、言葉にはならなかったけど。
 お願いだから
 お願いだから意地悪な俺でも許して
 1万回でも10万回でも謝るから
 ずっとこの腕の中に
「ん…んぅ」
「俺…も…限界……」
「たか……ぁき…ん…!」
 美夕の切れ切れの声に、重なる。
「み…ゆ…っ……!」
 彼女の中で祈ると
 まどろむように緩い緩い心地好さに落ちていった。



「……」
 軽い気だるさと気恥ずかしさに美夕がうつ伏せている。顔はクッションに埋もれていて見えない。
 でも俺としてはもう1回したいなぁ…なんて不埒なことを思いながら、美夕を後ろから抱きすくめた。
「美ー夕…」
「…うぅ」
「どした?」
 そのすべすべした肌や柔らかい髪を感じながらぎゅうと抱き締めると、美夕は少しだけ体を硬くする。
「イヤ、だった?」
 ぶるぶる、と首を振る。髪の毛がくすぐったい。
「じゃ、なに?」
 すると美夕はくぐもった声でぼやいた。
「自己嫌悪」
 その言葉に驚く。
「なんで」
「……だって」
 なかなか言おうとしないのに焦れて、美夕をぐいと仰向かせると、その上に再び跨る。ちょっとイヤラシイ、かな。
 体を隠すようにしているから、その両腕を取って顔を近づけた。美夕はすぐに赤くなって、軽いキスにも反応してるのがわかった。
「ね、言ってよ」
 ゆっくり、頬や顎に口づける。触れ合った肌の熱が心地好い。「なんで?」、額、こめかみ、鼻、「だって…」「だって?」、あらゆるところに唇を落として、そして「まるであたしが」「美夕が?」「…誘ったみ、たいで…」、すかさず唇を塞ぐ。
「――っふ」
 すぐにまた体の芯から欲望がもたげてきた。このままずるずると流れに乗せてしまいたい。舌を絡めるだけで美夕の体がピクピクと動き、すぐにでも入れてしまいたい気にさせる。
 ――やべぇ、本当に今日はもう、これだけになっちゃうかも… 「――俺…」

「誰か帰ってきたっ」

 美夕の体が信じられない勢いで起き上がって、言葉は遮られた。
(あの夢はお告げかっ!!!)
 さっきまでの甘いムードはどこへやら、2人とも信じられないスピードで痕跡を消そうとした。夢を見ていなかったら俺はもっと動揺していたかもしれない。嫌な汗をかきながら、俺がひっくり返った机を持ったのと、部屋のドアがノックされたのはほぼ同時だった。思わず2人して正座してしまう。
「は、はい!」
 微妙に上ずる美夕の声が、怪しいだろ。もしご両親だったりしたら、一体この状況をどう思うだろう。親の不在中に男が娘の部屋へ上がりこんで――ヤバイよな。俺追い出されるかな。何も残ってないよな。
 けれど、美夕が返事した途端図々しくドアを開けたのはやっぱりというべきか何と言うべきか。
「あ! テメ、やっぱ来てやがったなっ」
「――なんだ、草太かよ」
「お前っ、今すぐ出てけっ」
 美夕の弟草太とは初めて会った時からこんな調子だ。
(にしたってそれはないだろう)
 俺は腹が立ってきた。実はあの夢の中で邪魔したのも草太だった。人がさあこれからという時にどっかから湧いて来たお邪魔虫。せめて30分後に来いよ、このシスコンめ。夢でも現実でも邪魔ばっかしやがって。俺は挑戦的に草太の顔を見返すと、美夕が慌てて仲裁に入る。
「ちょ、ちょっと草太も孝明くんも! 喧嘩しないっ」
「美夕わかってんのか、男はケダモノなんだぞ!?」
 そう言って草太は俺の目の前で図々しくも部屋に入って、探るようにベッドを見たものだから、本気で呆れた。
「何チェックしてんだよ」
 そう言うと、草太は少し顔を赤らめながら「あぁ゛っ!?」と振り返る。
 ――残念ながら、ベッドじゃシテないよ。
「お前本当にヤラしいな。姉貴の部屋でそういうことするの、やめた方がいいと思うけど」
「うるせーなっ! っつーか何で机持って座ってんだよっ」
「これから宿題しようとしてたんだよ」
「机の足折れたままでか!? 2人して正座してか!?」
「オメーにゃ関係ねぇよ」
「お前が言うと怪しい!!」
「うるせーなぁ。いちいち口突っ込んでくんなよな」
「監視させるようなことさせんの、そっちだろっ」
「バーカ、お前なんかが見てたって、平気だよ」
 そう言いつつ、俺は美夕の方に手を伸ばした。
「あっ、バカやめろっ」
 以前草太の目の前で美夕にキスした、あれを思い出したのか草太は慌てて俺と美夕の間に割り入った。
「テメェ帰れ!」
「お前こそ早く部屋戻って受験勉強しろよ」
「うるせぇ! お前がいたら勉強なんて手につかねぇ!」
「そお? 集中力鍛えたげよか? 横でイチャイチャしてやるぜ」
「ふっっっっっっざけんな!!!!」

 草太との馬鹿馬鹿しい言い合いに、美夕はおろおろとしている。
 でもね、美夕。草太は2回も俺の邪魔をしたんだから、今回ばかりは見逃してよ。
 夢よりは、現実の方が断然良かったけど。でもさ。
 悔しいから、今度こそ草太に邪魔されない様にと。
「天誅!!」
 こっそり笑いながら、スリーパーホールドをかけた。


Fin


あとがき