ラブシチュ物語 壱


MIYAKOが思うラブいシチュエーションの物語集(ブログまとめ)


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自分の家の自分の部屋に戻ってきた男の子。
突然ベッドにクラスメイトで自分が恋してる女の子が寝そべって漫画を読んでいるのを発見して慌てる。
「ちょ、おまえ!? 何でここにおるん? は? おかんが部屋におれゆーた? いやいやそれはええよ、それはまだわかるよ、けど何勝手に人のベッドで? 漫画とか読むか? ありえへんよ。女としてサイテーやわ。お前何しに来たわけ。用ないなら帰って。も、ええからはよ出てきぃーて。オレ、これからせなならんことあんねん。え? 違うて、エロいこと違うから。つかそゆこと言うお前の神経疑うわ。もうマジ勘弁したって。なあ頼むから、て、て、ちょ、ちょっと、おい! わ! おま、めく、めくれとる! スカートめくれとるから!! へ、変なもん見せんなや! 見たな、てお前が見したんじゃボケ! そんなとこで寝てるからじゃ!! 眠い言うなはよ起きてくれ! もうオレおかしなるわ、な! なぁ! なあ!

いい加減言うこときかへんのやったら襲ってまうど!!!」
2007.09.27

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まったりとした休みの日。
特にでかけたいとこもなくて、付き合い始めの情熱も抜け殻みたいになって、とりあえず休日となれば会うには会うけど、なんとなくぼやっとした日をすごすことが多くなった日曜日。
彼女が彼氏の部屋へ上がりこんで、ダラダラとそれぞれが好きなことをして暑いとか寒いとか面倒くさいとかいいながら床に落ちてる埃を見たり、そうしてハッと気付いたみたいに時々いちゃいちゃしてちょっと元気を復活して、ご飯どうするーとか言い合う。そういう1日。
ご飯を家で作ったらもうマンネリ夫婦みたいな感じ。美味しいとかそういうことすら話題にせずに出てきたものをただ流し込んで、テレビに夢中なフリしてあははと笑う。
外で食べるにしてもおしゃれな新しい店を探したりなんかせず、お決まりのそれぞれが好きなラーメンやさんとか定食やさんとか、時に手軽にファミレス系で済ませるだけ。
それでも、やっぱり、2人は付き合ってて。

今日も2人して、床にねそべって、ソファに両足をあげ雑誌を読むという同じポーズをとりながら、一言も口をきかない。彼の方が漫画誌なので時々笑い声をあげるくらい。彼女は女性向けので、時々恋愛運だの大結婚だのSEXだのの特集を組んで微妙な女心をイラッとさせる雑誌。微かに眉間に皺が寄っちゃってるのに、でも読むみたいな。
その時、彼がハァーと盛大な溜め息をついて胸に雑誌を置いた。
「なぁ〜んかさあ。俺ら、なんもしてねぇなあ」
それをきいて彼女はイラッとした感情をそのまま持ち越す。
「そっちが勝手に漫画読みはじめたんじゃん」
意地になって目は雑誌から逸らさない。
でも彼は気にした風もなくのんびりと言う。
「こうさ、パッとすげぇこと起きねえかな」
彼女はムッとしたが、無視した。今はこの恋愛についてのくだらない薀蓄やらこうなったら彼氏とはもうおしまいとか私はこれで別れたとかの記事を無意味に詰め込むしかないのだ。そうして自分の中の溜飲を下げるんじゃなくて上げるのだ。
彼女の中で、今2人はまさに、このくだらない記事と同じ状態に陥ってる。
“何もしないくせに何か起こらないかなと期待する男は最低(23歳OL)”
もしかしたら、この人と同じように、別れを告げてしまうかもしれないのに。
ごろんばたんと、あげていた足を彼氏がおろした。ソファが揺れる。彼は素早く起き上がると、血の上った頭をくいくいと揺らして、後ろ手に彼女を見下ろす。
「お前、また俺の真似してたんだ」
「真似って何」
「変な格好で、雑誌読む」
「は?」
彼女はそこでようやく目を動かす。イタズラっ子の目をした彼氏がおかしそうに見てる。何よ。付き合い始めの頃はこうやって見下ろされるのがキスの合図だった。彼女はますます眉間に皺を寄せる。
「俺がすることとおんなじことすんの。ポーズまで。俺わざと取りづらいポーズとかしてみせんのに、お前ちゃんと同じ格好してさ、隣りで黙って同じことやってんだよね。この間もさ、俺が椅子とソファで体をブリッジにしてプレステしてたらさ、気付いたら隣りで、ぷるぷる震えながらDSやってんの。無理して真似しなくても、辛きゃやめりゃいいのに。足なんてソファからずり落ちそうなのに、必死でゲームと両立しようと踏ん張っててさ」
くつくつと彼は思い出し笑いをする。その姿に甘さはなかった。
「何よそれ! 馬鹿って言いたいのっ」
「違うよ。そんだけ俺愛されてんのかなーって」
「はっ!?」
今度こそ彼女は心底驚いた。
彼の口からひょいとそんな言葉が飛び出て、足がぐらりと床に落ちた。ずっと上げていたせいで、頭がくらくらする。ぼうっとして思考がうまくまわらない。
「前時代的だけどさ、俺のすることにだまってついてきてくれてんのかなーっとか思ってみたり」
「…ばっかみたい」
何と答えていいかわからなかった。彼女は困ったように口を尖らせる。
言われて初めて気付いた。
知らなかった。自分が真似してたってこと。
同じ格好して、同じことして。
彼が自分に黙って好き勝手なことはじめるから、それなら自分も勝手にしてやるって思ってただけだったのに。
ポーズまで真似してたなんて。
それがなんだってのよ。
何が愛されてるよ。
今までずっと無視してたくせに。
チャラになるとでも思ってんの。
でも。
自分の上に被さる影の大きさに、彼女は急にどぎまぎし始める。
彼の顔はもうそこまで迫ってて、尖らせた彼女のくちびるに届きそう。
たったそれだけで付き合う前の頃のドキドキに戻ってしまう自分がうらめしい。
悔しい。
とろけるような時間が過ぎれば、彼女のささくれたような気持ちは落ち着いていて。
「…夕飯、何にする。今日は外」
「中。俺、あれがいい。この間の、パスタのグラタンみたいなやつ」
「ラザニアね」
「そうそれ」
結局今日も騙されてしまったのかもしれない。
でも彼女はちょっと思い出し笑いしながら、夕飯の準備に取り掛かる。
この前作ってあげたラザニアの中に入れたズッキーニを、嘘ついてへちまだと教えたら、彼はずっと信じたままなこと。近所の学校に収穫を過ぎて萎んでいるへちまを見つけて、「ああもったいない。あんなにうまいのに」と本気で残念がる姿は、この人のことを愛しいと思っている証拠なのかななんて。
こうして休日は過ぎていく。
2007.09.28

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俺らは、いつだって意識しあってた。
同期だし、企画1課と2課っていう永遠のライバル部署同士だし、お互い上昇志向強いし、負けず嫌いだし、次のプロジェクトのコンペでやり合う予定だし。
俺は男だから、当然彼女になんて負けたくなくて、このコンペで勝てば昇給も見込めることもあってすっげー息巻いてた。入社時研修での最終試験でも彼女とTOP争いを繰り広げて、結局僅差で負けた悔しさもあって、今度こそはと毎晩寝る時間を削って準備に余念がなかった。
一方の彼女も、相手が男だからって負けるものかと、女性らしい視点での販促とかプロモとかで培ってきた営業力をフル稼働して頑張ってるらしかった。お互い会社で顔を見合わせてもバチバチっと火花を散らして、負けじと笑みを見せる。余裕だという体裁を作りたいのだ。

けど俺は、最近ちょっと、そうやって強がる自分に、なんだか苛立ちを感じる。
彼女に偉そうな一言を吐いて言い負かしてやる…とか思うのに、心の中の何かがぐっと「やめた方がいい」と忠告して、俺は急激な不安とともに、黙ってその場を立ち去るのだ。そして、うまく立ち回ることのできない自分に腹を立てる。

彼女は、ずっと俺のライバルだったし、ずっと俺の友達だった。
彼女は、同期の中でもずば抜けて優秀で、体中に自信がみなぎってて、気遣いが細やかで、やる気をおこさせる笑顔で、いつも身なりがきちんとしてて、横顔が綺麗で、意外に泣き虫…
ふと、彼女が泣くのを初めて見た時のことを思い出した。
彼女は、初めて仕事で大失敗をやらかした時、すごく自分を責めて怒っていた。
なかなかの大案件だったし、彼女はいつも通り張り切っていたから。普通は他部署には自課のミスは秘密にするが、あまりに大案件過ぎて漏れてきてしまったのだ。
俺は元気付けたかったけど、自分が同じ立場だったら、好敵手から変に慰められたら馬鹿にされてると思うかもと考えて、何もいえなかった。けど、友達としては黙っていられなかった。彼女は怒っていて無言だったけど、絶対に激しく落ち込んでいるのをわかってたから。
それで俺は、屋上で猛反省して、失敗点やどうやって取り返すかの考えに没頭してる彼女の所にさり気なく行った。屋上は、俺ら同期の溜まり場だったけど、部署や事業所がばらけるにつれ、そこに来るのは俺と彼女だけになっていた。
彼女は俺の姿を見て、ますます怒りを募らせた。
俺を無視して、紙に修正案を書いてるふりをしてる。
俺はそういうの全部無視して、いいこと教えてやろっか、と切り出した。
彼女の紙に書く手が止まったのを見計らって、俺は話し始めた。
「俺さ、黙ってたけど、この間、スッゲー失敗やらかして」
俺は本当に自分がミスした話を始めた。
それは俺にとって痛恨で、あまりにも悔しくて恥ずかしくて誰にも言わないでいたものだった。彼女にすらだ。
でも俺は、それを喋ることにした。
彼女は、黙って聞いていた。
そして。
「…私を慰めてるつもりなの?」
彼女はおそるおそる聞いてきた。
俺は憮然とした表情を作って言った。
「俺が慰めて欲しいんだけど」
彼女はびくっと目を見開いた。
俺は急に恥ずかしくなって、俯いた。
「こんな恥ずかしいみっともない話、誰にもできないし。けど、お前ならわかってくれると思ったからしたのに。馬鹿にしてんのかよ」
そう言ったら、彼女も困ったように俯いて。
「こういう俺の恥ずかしさ、お前だけしか理解できないと思う。そのかわり、お前の悔しさとかは、俺は全部理解できる自信がある」
そっと告げたら、いつの間にか彼女の手元にあった紙の文字が、滲んでて、俺がじーっと見てる間に、どんどん広がっていった。
俺はびっくりしたけど、気付かないフリを一生懸命した。
負けず嫌いの強気な彼女が泣くのに驚いた。
でも、それを俺の前で許してくれたことに、すごく感動した。

それから、正々堂々と勝負しようなどと言って、お互い失敗は全部正直にさらけ出しあうというルールを作った。
悔しい失敗をしたら、相手を夕飯に誘っておごるというルール。暴露する上にしかもおごりだから二度と失敗したくなくなるだろうという名目の元に作ったルールだけど、実はすっごく楽しくて。
俺らはスポーツマンシップに則った競技者のように、お互いのくだらない恥を出し合いつつ、いい関係に発展した。
そうして、飯だけじゃなくて、たまに業後とか休日も遊びに行ったりするようになってた。
彼女は映画が大好きでよく見に行ったんだけど、そこで、彼女が驚くほど泣き虫なのを知った。
とにかく泣く。何を見ても。どうやったらこんな駄作で、という作品でも。アニメーションでも。
それが普段の強さを産む秘訣? と尋ねたけど、彼女は単に「感動屋なの」という返事をよこしただけだった。

それからも俺らは仲良く遊んだり好敵手として張り合っていたのだけど、あの日。
あの日のことがあってから、俺らはギクシャクとするようになってしまった。
2007.10.15


あの日は彼女から誘われて飲みに行った。
その頃俺らは、もうミスがなくても飲みに行ったりするようになっていたから、理由は聞かなかった。ただ「行こうよ」と言われれば「行こう」と返答する。それだけだ。

残務処理に手間取って少し遅れて行きつけの店に行くと、彼女は既に飲み始めていた。俺に気付くと彼女はトロンとした目をパッと大きくして「遅い」と可愛くつねってみせた。痛いふりして適当に相槌を打った俺は、これがただの飲みだと思っていただけにひどく狼狽した。彼女がものすごいハイテンションなのだ。つまりそれは相当落ち込んでいるということ。その日は彼女にとてもとても嫌なことが起こった日だった。俺はどうやって彼女を慰めていいのか悩んだ。彼女は人前で泣いたり決して愚痴ったりしない。陽気にでもやや早すぎるペースで飲んでいる酒に必死でついていくのがやっと。
最近彼女の部署に異動してきた上司は、仕事ができないくせに陰険な嫌味なやつだった。キャリアを持とうとする女性に対して圧力をかけるのが大好きで、まだ若手で張り切っている彼女は格好のターゲットだったらしい。日々耐えてきた彼女だったが、長いこと温めていてようやく日の目を見れそうな企画を突然おじゃんにされ我慢も限界を迎えたらしい。派手に喧嘩し周囲も加勢してくれたにもかかわらず、権力をふりかざされて結局泣き寝入りするしかなかったという。
彼女はこれでもかというほど明るく酒を飲み続けた。俺がもうヤバイよ無理だよと言っても「どうでもいいの」と飲み続けた。仕事辞めちゃおうかなとまで言った。俺が怒ったら「嘘、嘘」と朗らかに笑ったけど、もうメチャメチャだった。
けど本当にメチャメチャだったのはその後だ。

俺は、彼女が仕事を辞めると言ったとき、過剰に反応していた。
何かわからない危機感に支配され、酒でべろべろだったのに、恐怖が一気に噴出して体が冷たくなった。とにかくどうにかして止めなくてはいけないと思っていた。
焦りと苛立ちとで混乱した。
俺はその後、彼女をホテルに連れ込んでいた。

朝目が覚めた時、俺たちのどちらも口をきかなかった。
「何もなかった」と言うには、証明するものがありありと床に散らばりすぎている。
「飲みすぎて記憶がない」と言うには、体に残る快感のあとが強すぎる。
2人とも、二日酔いだけの理由以上に青ざめていた。
俺らは、いつだってライバルで、仲良しで、同期で、一番理解しあえる親友だったのだ。
その線を越えてしまったら。俺らは一体どうなってしまうのだろう。
ぼうっと過ぎる時間の中、昨夜俺は彼女を繋ぎとめるためにここへ連れてきたはずが、再び彼女との関係を失わないように窮しているなんて。
「どう…する」
彼女がポツンと言った。
2007.10.19


「どう…する」
彼女のその頼りなげな言葉に、俺は回らない頭を必死で動かした。
多分、きっと、彼女はことをすごく後悔しているはずだ。
そして、俺らは男女の関係じゃなくて、好敵手であるべきで、ひよったり馴れ合いたいわけじゃないと考えてるのだろう。
だって俺らが仲良し倶楽部になってしまったら、今までのことが全部嘘になってしまう。
相手を認めて、対等に張り合ってきた力関係が、全て。
俺が彼女のことを心から尊敬している気持ちも全て。
俺は無理やり笑顔を作った。
「忘れよう」
引きつっていたかもしれない。でもとにかく、この現実を忘れるのが一番だと思った。
「これは…いわゆる酔った勢いで、その、だからと言ってお前が気兼ねしたり変に気を回したりする必要はないから。気にしないで、今まで通りいよう」
「…そうね、それが一番かもね」
言うや否や、彼女はすぐに落ちていたタオルを身にまとって、シャワーに向かった。
俺はこれで良かったんだと安堵すると同時に、彼女の姿態をなるべく見ないように意識しないようにしながら、テレビをつけて、シャワー音を掻き消そうとした。面白くもない番組に夢中なふりをしてみても、耳が拾うのは風呂場からの音。俺は何を、卑しいやつだと罵りながら、彼女が出てくる音がするとすぐに気付かないふりをしてテレビに集中した。
それから2人の身支度が済んで出た時、俺はとりあえず何か食いに行く? と聞いたけど、彼女は首を振った。
「帰る」
「そっか」
「今日のことは、お互い忘れましょう」
その言い方に、微妙に変化した関係、俺と彼女の間に生まれた隔たりを感じて俺はどきりとした。
自分で言ったくせに、彼女に言われてものすごく傷ついたような気がした。
彼女は無表情で、酔いの残った疲れた顔で俺を見る。
「じゃあね」
「待って」
すぐに帰ろうとした彼女を引き止めたけど、繋ぐ言葉なんて何もなくて。
「あの…会社、やめるなよ。お前の能力を失うなんて、多大な損失だし、俺、張り合いなくなっちゃうだろ」
それしか言えなかった。言いたいことはもっと他に別にあったはずなのに。
俺の情けないセリフは彼女にどう伝わったのか。
彼女は眉を下げて微かに笑った。
「うん」
そうして、帰って行った。

それから、俺らはどこかギクシャクとしてしまった。
俺らの形は変わってしまったのだ。
お互いもう気兼ねなく飲みに行くことも避けるようになってしまったし、試しに誘ってみても、彼女は「ごめん、忙しいから」と言って断った。彼女は本当にもう、いやなのだ。あんなことが起きてしまうのが。
俺のせいで、俺たちの心は離れてしまった。
どうしてあの日俺はあんなことをしてしまったのだろう。
それが彼女をどれだけ傷つけてしまったのか、手にとるようにわかる。
でも表面上はいつも通りなんだ。今回のプロジェクトの企画争いでは火花を散らし合って、相変わらずな雰囲気に見せかけようとする。それが俺の中でたまらなく嫌なんだ。
彼女が「負けないわよ」と笑ってみせる度、俺の心はどんどん沈んでいった。それでいて無理やり「俺だって」と笑い返せば、彼女は途端に冷たい笑顔にすげかえて俺の胸を射抜く。もっと言いたくても、ふざけたことやちょっとした揶揄をしたくても、「私たちはもう元に戻れない」そう宣告されているようで、牽制された臆病な俺はそれ以上言い出せずに、やめてしまう。彼女はそうして無言で去っていく。
こんなの違う。
何が違うんだろう。
2007.10.24


結果から言って、コンペは彼女の勝ちだった。
手を抜いたわけじゃない。でも俺は相手を意識しすぎて空まわっていたのかもしれない。
素直に負けを認めた。
負けを認めた瞬間、俺の中の重しが取れたような気がした。
それで彼女を、久しぶりに映画に誘ってみた。
「ごめん、まだ遣り残したことがあるから…」
そう言われたけど、今回は引かなかった。
「どうしても頼みがあるんだ。今回だけ。今回で最後でいいから」
「……」
「頼む」
「わかった」
彼女は聞き入れた。
待ち合わせをして、久しぶりに並んで歩く。彼女は以前のように快活には笑わないし饒舌でもない。淡々と、ありきたりの仕事の話ばかりする。でもそれも今日で最後だ。
ロマンスではないがヒューマンドラマっぽい作品を見た。わりと感動モノだったけど、彼女はもう泣かなかった。
そっと彼女を盗み見ていた俺は、胸がちくりと痛んだ。
映画の後、食事に誘ったら彼女はそっけなく「頼みごとって今ここでじゃダメ?」と言った。本当に映画だけのつもりだったのか。
「俺がコンペに負けて悔しい思いをしてるのに、慰めてくれないのかよ」
「頼みってそれだったの? …けど、勝った私に慰められたってしょうがないでしょう」
「いいや。お前しかできない」
「どうしてよ。私はライバル部署のただの同期じゃない。そんな私に何ができるって言うの」
「できる。この後俺と」
ちょっとだけ躊躇して、息を吸った。
「ホテルに行ってくれ」
「…は?」
彼女は見るからに青ざめて、体を震わした。
「なに、それ」
「こんなこと、他に頼めない」
「…それって、なに。1回寝たから? 好きな時にしたいようにできるって言うわけ」
「お前に慰めてもらいたい」
「ふざけないで。慰めるって、ホテル行くってことなの!? だからあの日も私を慰めたって言いたいの!? もしかしてコンペもわざと負けたとか言うつもり?」
「コンペは全力だった。俺は八百長なんてしない。同期だから頼むんじゃない。ライバルだからでも、同じ企画部署にいるからでも、友達だからでもない。お前ともう1回ホテルに行きたいだけだ」
パシ、と頬を叩かれる音が響いた。
彼女は珍しく半泣きで、悔しそうに唇をかみしめていた。
「もうあんたのこと、友達だと思わない。同期でもなんでもない。ただの他人! それも大嫌いな他人よ!!」
逃げ出そうとした彼女の腕を素早くつかんで、俺は抱き寄せた。
「それでいい。だから――恋人になってくれよ」
びくん、と腕の中の柔らかい存在が震える。
俺は愛しすぎるその存在を、これ以上ないくらい強く抱きしめる。
「もう友達は沢山だ。お前のこと、好きなんだよ。あの日のこと、やり直しさせてくれ。本当は『忘れよう』なんて言いたくなかったんだ。わかったんだ。俺、お前を失うのが怖かっただけなんだ。本当は一番、誰よりもその存在を認めて欲しかった」
逃げられるかと思ったけど、彼女は大人しく腕に収まってる。
「…抵抗しないんなら、このまま連れてくからな」
「……」
「俺はあの日のこと、忘れないからな。絶対一生覚えてて、一生お前に言い続けるからな」
「…いやよ」
「でも俺実は、こんなこと言うのどうかと思うけど、あの日の…その、最中のことは、本当にべろんべろんで、あんま記憶ないんだ」
「…最低」
「だからさ…そっから、やり直しさせてもらえたらなーとか」
「…最低」
「そんで、もう絶対に忘れられないように、してやろうとか思ってたりして」
「…最低」
「ダメ?」
「最低」
でも、彼女はそう言いつつもいつの間にか俺にしっかりしがみついて、ぐすぐす泣いてた。俺は苦笑しつつももう一度ギュッと抱きしめた。

「もうただの同期は今日で最後だ。いいよな?」

彼女はこっくりと、頷いた。
2007.10.24

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づ〜が〜れ゛〜だ〜〜

声には出さないまま、背もたれに体を倒した。
試験終了の合図である鐘がなって、試験用紙は回収されて。
ことごとく外れたヤマに、ぐったりとする。
次が中間最後の試験だけど、多分これももうダメだ。今更あがいたって。
そのまま背中をあらぬ方向に曲げ、両手を床につけんばかりの勢いで伸びをする。逆さまになった世界に、教室後ろの壁、文化祭の名残の看板や掃除用具入れが見える。その前をうろうろし始めるクラスメイトの足足足。

今回ヤマをはらざるをえないほど、あたしは勉強不足だった。
大会があったから。新体操の大会。どっちを取るかと悩んで、あたしは大会を選んだ。
将来という名の未来を左右する試験と、一時の青春にすぎない体操。
自分の実力じゃ、どんなに頑張っても先は見えてるって知ってる。
でもかなわないものなんてないって思いたかったんだ。
だからあたしは遠い世界のことじゃなくて、その時一番身近だった大会を選んだ。
当然ダメだったんだけど。
このまま次の試験もダメで、明日も明後日もその後もその後もぜーーーーーんぶダメだったりして。

もういいさ〜

そういう風にぷうと口から息を吐くと、体を元に戻そうとして上げた顔のまん前に、むっつりとした顔が現われた。

「ばあ」
「ひえっ」

戻そうとしていた顔を大急ぎで元に戻す。このまま正面衝突したら、とんでもないところにぶつかってしまう。
相変わらず抑揚の少ない表情であたしを逆向きに見下ろしてる顔が、あたしの頭に滅多にのぼらない血をのぼらせる。
あたしはドキドキと早くなる鼓動を隠して、必死で平静をつくろった。

「おどかさないでよ〜」
「そんなことしてたくせに」
「あの、そろそろ起き上がりたいんだけど」
「どうぞお好きに」
「ぶつかっちゃうよ」
「どうぞお好きに」
「頭突き痛いよ?」
「じゃあ」

そっと首筋に力が加わったかと思うと、ひょいと持ち上げられて。

「え…」

コツン
額と額がくっついた。まるでテレパシーを伝え合うように。

「あ――」
「――これで次の試験は完璧だ。俺の思念を全部伝えておいた」

そう言って、名残惜しいとか思っちゃってる額は離れていった。
無駄にある腹筋のせいで体が固まったまま、
「ちっとも完璧じゃないよ…」
赤面する顔を両手で隠して、あたしはブツブツと呟く。
あれじゃかえって集中できないもん。
好きな人に、あんなことされたら。

それでも、今受け取った思念とやらを探してみる。あたしの脳の中に入ったはずだ。どこだ! 出て来い! あの人がくれたものは1文字だって逃したくないよ! ねえどうしてあたしに思念をくれたのかな!
ゆっくりと元の世界に戻ってくると、さっきまでとはなんだか違っているような気がした。

今日がダメでも明日も明後日もその先もダメじゃない。
きっとどこかで変えて見せる。
両手でパチパチと頬を叩くと、気合を入れた。
最後の試験開始のチャイムが、鳴り響いた。
2007.11.20