ラブシチュ物語 肆


MIYAKOが思うラブいシチュエーションの物語集(ブログまとめ)
18は長い続き物なので別まとめにします


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16

ウィーンと音だけは派手に響いて、さも仕事してます的に聞こえるが、実際はほとんど役に立たない機械をうんざりしたように眺める。
こりゃだめだ。
もういっかとやったふりだけして元に戻そうとしたそれを、まるで障子のサンを指でなぞる姑のいびりみたいにチェックされ、うむをいわさぬ視線をもってもう一度突き出された。俺はしぶしぶと受け取る。今日の日直の相方は運悪く学級委員肌の女子で、なにかと俺を「ガキ」扱いしては、言うことを聞かせようというそぶりが見受けられる。
「やり直し」
「……」
使えないクリーナーにさっさと見切りをつけて、黒板消しは原始的に窓の外ではたかれることになった。1メートルの物差しを引っ張り出してきて、俺は布団を干すおばちゃんよろしく、窓の外でバンバンと派手に叩いた。
「ぶはっ!」
もろに煙を吸ってむせる。ろくにクリーナーをかけられていない黒板消しからはもうもうと、白や黄色、ピンクの煙が立ち上る。
「ちょっと! 教室の中にすんごい入ってきてんだけど!」
目尻をつりあげて、ノートを大げさに振られた。
「だってさ、定規で叩くのもけっこう難しくて…」
ぎりぎりまで腕を伸ばしてやろうとすると、すぐに手から黒板消しが落ちていってしまいそうになる。わざわざ拾いに行くことを考えると、少し手加減したくもなる。それに、思いの外定規ではやり辛かった。
こうなりゃやけだ。
定規をかなぐり捨てて俺は、黒板消しをぎゅっと手の奥まではめた。そうして――
「わ! ちょっと!」
強く壁を叩いた。先ほどまでよりも激しく粉が飛ぶ。だがその分素早く落ちているようだ。
少し我慢してればすぐに済むだろう。面白くさえなってきて、俺は力任せにやりはじめた。
「そんなことしたら、壁が汚れちゃうじゃない!」
文句はもうこの際無視して、俺は楽しむことに夢中になる。だがそれを遮ったのは、別の声だ。
「なにやってんのー?」
どっから聞こえたのかなんてすぐにわかった。その声が俺の心臓を激しく突き動かすからだ。
びくりとして、俺は高速ドラマーよろしくの手をようやく止めた。
「すんごいのろしだよ」
降ってくる声。俺はぎぎぎ、と硬くなった首を上へむける。
上の教室の窓からは、女の子たちが数人、こっちを見下ろして微笑んでいる。その中に、ひときわ目立つ、笑顔。
「あ、えーと、クリーナーが調子悪くて」
大きい声は出せなかったけど、どうにか聞こえたようだ。
「ご苦労さまー。でもうちのクラスにまで入ってきてるから、もうちょっと手加減してね」
あはは、と爽やかな声とともに、声の主は教室の中に引っ込んだ。
俺はどぎまぎする体をなだめようと必死だったけれど、なかなか鎮まりそうになかった。これは幸運だったのか不運だったのか。
教室の中からいまだ聞こえてくる文句を背景に、俺はぼんやりと手を動かし続ける。もちろん、さきほどより手加減して。
消えた笑顔の残像がまだ散らついた。
飛んでいる粉が、ピンク色ばかりに見えたのは、気のせいだったのかどうなのか。
2009.09.15

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17

眠れない――自分の溜め息ばかりが耳につく。
旅先。ツインの広くもなく狭くもない部屋は暗闇に包まれ、物音1つしない。
何時だろう。時間もわからないし知りたくもないけれど、かれこれ1時間以上はこうしてベッドの上で輾転反側としていた気がする。
イライラと私がする隣りのベッドでは、その間ずっと安らかな寝息を立てていた恋人がいまだ安眠を貪り、私の苛立ちを増している。こちらが苦労しているのに、自分だけ。私のこの不満にも気づかずに、だなんて。なんて憎たらしい。
起こしてやろうかと半ば本気でわざとらしくドシンバタンと寝返りをうつも、そのくらいでは目を覚まさないのか彼は夢の中の住人のまま。諦めて彼に背を向け、もう一度息をつく。

ようするに、あれだ。

彼にかまわれずに自分1人で1つのベッドに寝ていることが不満で仕方ないのだ。私は自分から彼に甘えてどうこうできるほど可愛い性格でもない。普段だってつんけんとして、好きって気持ちを隠すようなことばかり。それでも旅行に来た時くらい甘えたいとは考えてる。大好きなんだってことちょっとは素直に表したいと思ってる。誰にはばかることなく毎日朝から晩まで一緒なんて滅多にない機会なのだ。そういう時くらい彼の方だってこちらの気持ちを察して、普通よりべたべたしようとするべきなんじゃないか。なのにこれはどういうことだろう。はずかしげもなく1人さっさと寝てしまうなんて、っていうか、なんでベッドが別々なの。カップルで旅行なら、普通ダブルじゃないの。

隣りに行きたいくせに行けずに―― かといって向こうから来られてもきっと「狭い!」とか突っぱねてしまう自分のかわいげのなさに――煩悶を繰り返しながら過ぎて行く時間が長く、疎ましかった。

もう、やだ。

目の前にご馳走をさらけ出されてるのに手をつけられない人みたいで、たかがそれしきのことでも続くと泣きたくなった。涙が出そうになってくっと堪えながら、ますます眠れない時間をどうやって過ごそう。本気で帰りたいなどと思っている時、隣りからごそりと彼が起き上がる気配を感じてびくりと震えた。

……

半ば期待していたのは認める。止まっていた息が証拠だから。けど彼はここでも空気を読めない人だった。おもむろにトイレに立っただけだった。私は期待した分怒りが増して、布団を握りしめた。トイレから彼が出てくる音がして、憎しみを背中から発するように体をうつぶせた。本気で帰ってやろう。そう思うと同時に、ベッドが軋んだ。



背中に、温かなぬくもりを感じて、心臓が1つはねた。背面から優しく包まれて、顔には急激に相反する2つの感情が広がる。緊張しているのを知られたらどうしよう。彼の腕は脇腹にまわり、顔は首もとにひっついている。脈動を感じる箇所すべてが彼に触れている。それでも、意地の悪いセリフしか出て来ない自分の口に呆れる。

「ここ、私のベッドなんだけど」

彼からは返事がなかった。まるで寝ぼけていますとでもいいたげな規則正しい呼吸音だけが届いた。しばらく待ってみたけれど、状況は変わらなかった。私は「まったく――」などとぶつぶつ呟きながらも、体にまわるしっかりとした腕にそっと自分の手を重ね、ゆるむ口元を暗闇に誤魔化した。

先ほどまではちっとも眠れる気がしなかった。でも、急激にあたたかくなったせいか、眠気が幕のようにするするとおりてきて、夜に同化する。意識を手放す瞬間に、くすりと忍び笑いが聞こえたような気がしたけれど、眠気には勝てず、聞かなかったことにしておいた。
2009.09.29

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19

彼は電車の中で立っている。この時間、社会人は仕事中だし、食事時には中途半端すぎる。電車で移動する人はまばらで、席はがらがらだ。けれど彼は座らないと決めている。なんでと聞かれても、ポリシーだからとしか答えない。扉入ってすぐの、把手と座席の間、人ひとり入る分の隙間にもたれて立つのが好みだ。
空いた車内は2人連れもいないのか誰も喋らず電車の音しか聞こえない。ある種しんとした中で、物思いにふけるか音楽を聞くか携帯をいじるか。いや、都内の環状線は10人いたら8人は携帯をいじっている高確率だ。1人ですることがないという事実を誤魔化そうとしてる姿にも見えなくない。そう思う自分も携帯を触らずにはおれない。常にメールが入ってるわけでもないし、ゲームをしてるわけでもないけれど。ただ、何かしてないと不安だ。

適当に通っているサイトを見たり友人のブログやTwitterをチェックしたり誰かにメールを書いたり。そんな集中しなくてもできることをやっていると、すぐそばから「すん」、と変な音がして、彼は目線だけ動かし発信源を探した。が、すぐには見つからない。

すん

また聞こえた鼻をすする音。誰か風邪でもひいているのかと携帯画面に目線を戻したが、それにしてはちょっとおかしい。え、まさか、と思ってもう一度探す。斜め向こうの席で、怪しい動きをしている女の子を見つける。右手はごそごそとかばんを漁っていて、顔はやや俯けているけれど鼻が赤い。時々右手がかばんから出て顔をぬぐっている。
泣いてる、と気づくともう気になって仕方なかった。まさか携帯で別れ話でも告げられたのかと思ったが、彼女が左手にもっているのは本だった。なんだ本か、とまた自分の携帯に顔を戻した。くすん。
まだ音がする。他の乗客もチラチラ見ている気配がする。その気配に耐えられなくてもう一度見ると、女の子はようやっと見つけたハンカチを慌てて顔にあて、音は聞こえなくなった。余程感動する物語だったのだろう。なにを読んでるのか。小さな文庫本片手に、恥ずかしそうに俯いてる姿が、妙に印象的にうつる。一瞬で自分のいる車両の雰囲気が変わったように感じる。

携帯をパタン、と閉じて、彼は視線を窓の外へ移した。

何度も通っているのにろくに知らない景色だった。彼女の読んでいる本を自分も読んでみたい、などとぼんやり考える。俺ってけっこう自分のこと知らなかったんだな。本を読んで泣く女の子の姿はけっこうかわいいぞ、と顔がにやけていた。
2009.10.29

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20

デッキチェアの上の、心地よいとろとろとした眠気は、人の気配で遮られた。
はっと目をあけると、妙に近い場所に顔がある。
その顔は私を見透かしているようで、ひどくカンに障った。
「近い」
「本当に寝てたか見てた」
「寝てなかったらなんなの」
「さあ」
すっと笑う。これまでずっと大人しかったくせに、妙にチクチクとして。
「ひと泳ぎしてくる」
それがいやで、私は起き上がった。
「ご自由に」
自分はのんびり寝そべって、さっきの私のように、惰眠を貪り始めた。


出張先で、強引に仕事を1日早く終わらせて、ビーチでの楽園タイムをもぎ取った。朝、仕事する気満々でやってきた荷物だらけのカメラマンの彼に、ラフなビーチドレス1枚の姿で私は冷たく言い放ってやった。もし画(え)が足りないのなら、あなたの腕不足でしょ。今日1日、ひとりで何とかして、と。そうして私は当然のように、海でのヴァカンスを楽しみに出た。すると彼は、抱えていた仕事道具を全部部屋の中へ放り投げて、腹を立てたように私の隣のデッキチェアに寝転がったのだ。

仕事だし、プライベートタイムなんてほぼないし、ホテルが別のこともある。そういう中で、2人が仕事以外の何かを育むなんてことはない。カメラマンと担当なんて組み合わせは吐いて捨てる程パターンがあって、私も彼も散文的に仕事をこなすのが1番素直だ。
気が合うとも、合わないとも、考えたこともなく、でも慣れだけは積み上がって今日に至る。
だからこの男から、こんな思わせぶりな態度が生まれるなんて、思いもよらなかった。


言葉通りひと泳ぎして戻ると、はかったようにボーイがやってきて、私と彼との間のテーブルに酒の入ったグラスを置いてった。
「俺のおごり」
「そ。ごちそうさま」
当たり前のように手にして飲むと、いつ持って来たのか、聞き慣れたシャッター音が聞こえて振り返る。
「ヤダ」
不快に眉を寄せ、レンズを遮ろうと手を出すと、彼は笑いながら「いいじゃん」とカメラを脇に避ける。
「そんなの撮って、どうするの」
「さあ、どうしようかな」
こういう、彼の言い種が気に入らない。
さっき、顔を間近にのぞかれたとき、私はキスでもされるのかと思った。けれど、彼は笑っただけ。
して欲しいとかじゃなく、こういう、中途半端な空気が、私には許せない。
すごく、苛立たしいと思う。
なにあれ、誘ってるの……
海で開放的になって、女でも抱きたくなったのかしら……
いらいらと、おごりだという飲み物を口にする。
2010.03.05


その後、夕食は普通に2人でとり、なんとはなしに部屋で飲み直す? ということになって、だらだらとビールを飲んだ。
こっちは夕食のときからやけ酒のようにしこたま飲んで、すでにいい気持ちになってる。それを観察するようにちびちびとしか飲まない彼に、のりが悪いと文句を言えば、彼はただぽつりと返した。
「あんまり飲むと……たたなくなる」
「はぁ?」
じっと見られると落ち着かずに、ふらふら立ち上がる。逃げよう。
「もう寝る。おやすみ」
「帰すと思う?」
空き缶を持った腕をつかまれて、ドタンと椅子にかっこわるく座る。
頬が赤いのが自分でもわかった。なぜだか胸がはやって、顔をそむけた。
彼は冷たい目をして言い放った。
「ほら、そうやってさ。男に期待させるだけさせて、私は知りませんて顔してんの。腹立つだろ」
びくりと「そんなつもりは、」
「今日1日どう思った? 俺がおたくをいやらしい目で見ててさ。期待しただろ。でも俺はタダ屈する気はなかったんだ。そんなのムカつくだろ。それでも、あんたは――」
きゅっと、眉宇を寄せてる彼の顔に、意味もなく見惚れる。
すぐに、彼の上に皮肉な笑みが広がる。「ほら。まだ、期待させる。期待させて、知らんフリをする。とんだ悪女だ」
じっと見つめた。今度はそらさなかった。とろけたような双眸が見返して、相手が瞬いたかと思ったら、それが合図になった。抱きすくめられくちづけられれば、私の手は持ったままの缶を手放し、背中にまわる。あ、こんなキスをする人なんだ、と霞がかった頭が遅れがちに実況する。そのとき実際にはもうひきずられるようにベッドに倒れていた。心の片隅で、これもひと夏の恋みたいなものかと冷静に考えてる自分が、それこそ悪女のように思えた。

意外に朝早く目が覚める。微妙にからみついていた腕からそっとすり抜けようとしたら、不意に力が入って戻された。
「逃がさない」
どくん、と脈打つ。わりと、喜んでいるのかもしれない。
「時々、黙って抱かせてやってやり過ごそうったって、そうはいかないから」
見透かされてるのだろうか。自分じゃよくわからない。
「そっちが誘ったんだ。さんざ気をもたせて、弄んだんだ」
くちびるが、うなじをそっと這い、ささやくようなかすれた声は耳元で告げる。彼の手が、我が物顔で私の足を往復し、頑なそこは、彼の足でからめとられた。
無言で目を閉じる。どっちがどっちの罠から逃げられなくなってるのか、今はどうでもいいことだった。
2010.03.08