同級生



 いつもの帰り道だった。
 部活の後、自転車に乗って、学校から家までの数十分。
 友達と別れる道までくると、爽やかに手を振って、私はここから自転車の速度をわざとゆるめる。
 探るように後ろを見やって、そして、彼がいつも通りそ知らぬふりして私の後をついてくるのを確かめる。
 この季節、道の両脇にある用水路は静かだ。春になればとよとよと流れて、涼しげな音を立てる。でも今は、静かに、自分の吐く息の音だけで、私は彼との距離を感じる。
 彼は、同じ部活の人。
 ただの、同級生。
 だけど、私の後をついてくる。
 ただの同級生のくせに、ずっとついてくる。
 そんなの変だ。
 とても気持ちが悪い。
 だからはっきり言ってやるのだ。

 彼はいつからか、部活帰りに私の後を追いかけてくるようになった。
 最初は気付かなかった。
 いつも途中まで女友達と帰ってたし、ずっと前、私が自転車での帰り道に変な人に襲われて田んぼに落ちたことがあって以来、1人のところは猛スピードで走ってたから。
 だからある時、私が曲がってきた車を避け損ねて勝手に用水路に落ちた時、後ろでガタンと自転車を倒す音と同時に、彼が助けに来てくれて、初めて知った。
 彼が、転んだ私に気付いて、自転車を飛び降りて、助けてくれたのだ。
 側溝から軽々とひっぱりあげたあと、ひざをすりむいてる私に、自分のハンカチを差し出して、自転車を直して、そして大丈夫? って聞いて。私は、びっくりしてたから、うん、としか言えずに。彼はそれから黙り込んで、私がありがとと言っても、自転車に乗って帰るそぶりを見せても、その場を動こうとしなくって。でも、私が走り出すと、自転車を動かす音がして。道にあったカーブミラーを見上げると、彼が後ろを走ってるのに気付いた。
 私が気になって途中で止まると、彼も止まった。
 あれ? ってそこで、彼の帰り道がこっちじゃないことを思い出した。
 こっちに用事でもあるのかな?
 始めは何の気なしに考えてたんだけど、そのうちどうも後をつけられてるような気がしてきて。
 ちょっと自意識過剰かも、と考えつつ私はいきなりトップスピードで走ってみた。
 坂道を転げるように走って、キキーッ! と止めた。
 パッと振り向くと、慌てたように彼がキキキーと自転車を止めるところだった。
「…」
 やっぱり、ついてきてる。
 たまたまじゃなくて、ついてきてる。
 どうして。
 私がまた転ぶと思ってるのだろうか。
 心配してくれるのは嬉しいけど、黙って後ろを追いかけられるのは、すごく気になる。
 前に変な人に襲われた、あれを連想してしまって、落ち着かない。
 そう思いながら、黙って自宅に帰った。
 彼は、私が家の敷地内に入ると、さーっとその前を通り過ぎて行った。その時はそれで終わりだと思ってた。

 数日後、私は急いで帰る必要があって、猛ダッシュで走ってた。
 そしたら、思いがけず道路の反対側から知り合いに呼び止められて、急ブレーキをかけた。
 後ろから同じような音が聞こえて、ハッとした。彼だ。
 私はまたついてきてるのかとビックリした。
 彼は慌てたように脇道に隠れてる。でももう見ちゃったもん。気付いちゃったよ。
 私は何で黙ってついてくるのかわからずに、顔をしかめた。
 転んだ時助けてくれたのはすごく嬉しい。
 ハンカチまで出してくれて。自転車も見てくれて。
 でも、黙って、勝手についてくるなんて、嫌だ。
 その日から、気をつけて見ていると、どんな日も、部活のない日も、彼は黙ってついてきてるのを知った。
 彼が私の後ろを走ることが徐々に、ストレスになった。
 私はそのことを一緒に帰ってる友達に相談しようと思ったんだけど、考え直した。
 まず自分ではっきりさせてからの方がいいと思ったのだ。

 今日も彼がいることを確かめて、よし、と呟く。
 速度を緩めた私は、ちょっとイライラしながら曲がり角を曲がった。そしてすぐにそこで待ち伏せた。
「!」
 曲がり角で待ち構えている私を見て、彼は驚いて自転車をひっくり返した。顔が赤くなってる。
 私は大笑いしてやった。あはは。
 彼は恥ずかしそうに起き上がると、急いで自転車を立てて、行ってしまった。でも知ってる。いなくなったふりして、その先で待ってるんだ。私が気付いてないとでも思ってるのかな。
 すうと息を吸って、私は追いかけた。そして路地に隠れてる彼を見つけて進路を塞ぐように自転車を止めると、目を白黒させてる姿に向かって、はっきりと、こう言ってやった。
「ねえ! もう私の後を勝手についてくんの、やめてよ」
 びくり、と彼の肩が揺れる。
 強張った表情が、今の季節の田んぼみたいに乾いてる。
「気持ち悪い、なんか。黙って追いかけられると、逃げたくなる」
「……」
 彼は表情を硬くしたまま、無言で去ろうとした。その荷台を手で捕まえた。
「だから一緒に帰ろ」
「っ!!」
 勢いあまった彼は、また自転車から落ちて、呆然と私を見やる。
 私もまたあははと大笑いして、はっきりと言ってやる。
「色々心配してくれてんならそれはそれでいいからさ。黙ってついてこないで、一緒に帰りたいって言えばいいでしょ」
「……」
「一緒に帰らないんなら、ついてこないで」
「……」
 無言で俯いている彼の日に焼けた顔が、ちょっと赤くて、私はようやくむずむずしてた気持ち悪さがほどけた。
「…一緒に、帰ろ」
 小さく呟いた彼は、友達。
 もう、友達。
 今日からは横に並んで帰る、友達。

終わり

2008.2.26〜2008.3.5 ひーこんなのがお礼でごめんなさい!