4、嫌がらせなんかしてない


――生命とは何だろう。

 細胞からできてるものか。DNAを持っているものか。外界から取り込むことでしか有機物を作れないものか。単純に生きて動いているだけと言うならば、風に揺れる電線も道を走る車も転がる石も全て生命だ。しかし違う。それは何かが違うと本能でわかる。誰も「あれは生きている」「あれは生きていない」などと1つ1つ教えられるわけでもないのに、「あれは生命である」と知っている。生命が生きていると知っている。では生きるということはどういうことなのか。自己を維持し続けることなのか。
 だが生命はいっときとして同じ存在であろうとしない。生命に取り込まれた分子は、たちまち分解されそれぞれのパーツへと変化していく。生命の構成パーツは生まれた時から全く同じものを使うのではなく、時々刻々と入れ替わっている。さりながら、一部が排出され新しく取り込まれた別物で再び己が構成されても、生命の集合体である生物の“わたし”は一見何の変化もなく続いている。つまり“動的な平衡状態”にあるこの“わたし”が、一瞬一瞬で途切れることなくほぼ同じ状態を維持し、崩れゆかずに1つの真実を形成している。であるならば、生きるということは“わたし”を保ち続けるための「何か」ということになる。
 それはいわゆる感覚的なことにまで及んでいる。“わたしの心”は、ミクロ単位で繋がろうとする生命の連綿とした作業の中になぜか保たれているからだ。心と感情は所詮物質なのであろうか。例えば「わたしは彼のことが好きです」という1つの事象も、細胞単位で「彼を好きである」という情報を伝え続けている結果ということか。伝え続けているとするならば、即ち“わたし”という生物が生きる=保つうえでの重要なファクター(factor)であるのかもしれない。それは海馬から側頭葉へと伝わるような記憶の問題ではなく、生命としての使命にまで匹敵する事象、生命維持そのものに関する遺伝子レベルでの情報に値すると演繹(えんえき)されないだろうか。
 1秒前の過去のわたしから今のわたしへ、そして1秒後のわたしへと受け継がれる生命維持活動があったとする。しかしその実は、刻まれた時の中で、膨大な回数「好きです」「好きです」と、囁かれ続けている作業だと想像してみよう。
 他ならぬファクター「“わたし”は“彼”のことが“好き”です」は「“小此木雨音”は“有堂未来”のことが“好き”です」というファクト(fact)の集大成に変わり、それが生きるということに直結してしまうのだ。

 生命とはなんと美しく神秘的であろう。
 わたしは、この詩的でさえあるファクトを理解しなければならない。
 だがしかし、そのためにはもう1つの構成要素である“有堂未来”が必要となってくる。これはまるでわたしとミキとの間に存する量子力学のようなものであり、この難問に、ペレルマンがポワンカレ予想をトポロジーではなく微分幾何学と物理学を使って解いたような、全く新しい側面からアプローチが必要ではないかと予想してみた。
 そこで1つ、ドグマ(dogma)とも言うべきメッセージを引用してみようと思う。
 エルヴィン・シュレーディンガーは『生命とは何か』の中でこう述べている。

   生命は負のエントロピーを食べて生きている

 この言葉にヒントはないだろうか。
 物理学者である彼が、DNAの二重螺旋構造の謎が解かれる以前にこのようなことを述べられたのは、もちろん彼の天才に他ならないのかもしれないが、それ以上に分子生物学への道を開いたという点が今回のこの問題に意味深長であると思われる。はたしてこの深遠な一文は、わたしの脳裏に素晴らしい響きをもたらした。
 宇宙や物質の基本的運動は、大局的には熱死に向かってエントロピーを増大させている。熱死とは、熱湯と入れ物の温度が等しくなり、入れ物と室温が同じ温度になり、室温が大気と同じ温度に広がるといったエントロピー増加の行き着く先である。一見これは均一になろうという秩序であるが、生命活動の視点から見ると、秩序は自己活動できなくなるエントロピー最大の状態=死ということになってしまう無秩序ともとれる。
 ところが、生命はこれに逆らって生きている。シュレーディンガーはこのことを、生命は生きている間この秩序に逆らうように負のエントロピーを取り込むことで、自己のエントロピーの増大を相殺しているというのである。
 もちろん、最終的に人間は“死”というエントロピー最大の状態を迎えているわけであるが、それまでに生命は自己を複製し、次世代を残している。個としてみれば終わっていても、種はまだエントロピー最大を迎えていない。つまり、その過程において生物は代謝を行い自己を常に交換することで、秩序を秩序として維持し続けるシステムを構築しているわけである。そしてこの「負のエントロピーを食べて生きる」ことこそ、生命が生き続けるうえで最重要の「何か」なのだ。
 わたしはこれを、究極的に理解すべきだと感じた。ぜひとも、学問的脳ではなく体感、体現すべきだと。
 先ほどの“動的な平衡状態”によって、わたしは自己の維持に必要な情報を得ている。即ち「“小此木雨音”は“有堂未来”のことが“好き”です」というファクトだ。そして代謝という生きるために必要な作業の行き着く先には、生命が生命秩序を保つための構造、即ち自己複製がある。自己複製の際、配偶子の形成におよび動物は減数分裂する。簡単に言えば染色体を半分にする。そして半分になった染色体は同じく半分の染色体と出会うことで再び完全となる。ここにきて、ファクトは再びファクターへと分解される。わたしの自己を維持するのにも、最早ミキは必要不可欠な存在となっている。

 ようやくわたしの結論が見えてきたようだ。
 すぐにミキの元へと向かい、その場で答えを実践することにした。
 ミキはわたしが正しい答えを見つけることもすべて知っていた。そして、優しく丁寧に語り始めた。
「いいかい、人類を作るには先ずお互い裸になり――――」



 ビリビリビリビリッという激しい音がして、その合間から低温死しそうなほど冷たい表情の波の顔が現れた。
「あ、なに破ってるんだよ」
「…あたし、三文小説を借りた覚えないんだけど」
 声がこれ以上ないくらい低く地を這っている。対するミキの答えは明るい。
「なに言ってんの、生命の不思議を知りたいって言ったのはそっちでしょ。オレと雨音が愛し合うことも壮大な生命連鎖の1つなんだよ。あーあ、せっかく今のコマ使ってレポートまとめてあげたってのに。人の親切を仇で返すとろくなことないんだからね」
 呆れたミキのその態度は、波を激しい憎悪にかりたてた。
「…あたしが嫌々ながらもあんたに頼んだのは、後期の生物学の講義ノートであって、あんたの頭の中のお花畑小説じゃない……!」
「だから、それ。今渡した」
「これのどこが!? 単なるこじつけの気持ち悪い妄想でしょ!? ああ、もう、雨音がこの講義じゃしょっちゅう居眠りこいてんの知ってるから、雨音の行くとこならどこでもホイホイついてくるあんたならもう少しマシなものが貰えるだろうって思ったのに、頼んだあたしがバカだったわ。やっぱあんたは最低のド変態男だわ」
 波がぎりぎりと歯を噛み締めてミキからもらった紙をひたすらぐちゃぐちゃに丸めていると、ミキは冷めた視線で肩をすくめた。
「欲求不満だからって、あたんないでくれる?」
「脳波がイカレてる人間に言われたくないけどね!」
「ていうか、波に限ってオレにノート頼むとかって、ありえないよね。どういう風の吹き回し?」
 ぐむ、と詰まりかけて、波は苦々しい表情を誤魔化した。この男は、本当にバカなんだか賢いんだか、余計なとこばっかり鋭い。すぐに取り繕うと、読む気にもなれなかったが一応気になった結末に話をすりかえる。
「で、まさか、あんたはこの二次創作雨音を本当に本人と同一視して『雨音、寝てたでしょ。オレが今日の講義内容教えてあげる』なんてわけわかんない変態プレイに及んでるの」
「いや、それはまあさ。雨音が本気で嫌がることなんて、絶対しないよ」
 ふいにミキは目をどこかへ向けて口をつぐんだ。その表情に暗さはない。
 はっと、それはもしかして、あの夏前の出来事を指しているのかもしれない――と波は目の前の男がその綺麗な顔の下に苦渋を隠していることを思って、少し罪悪感にかられた。
 別にもう、責めたりするつもりも、あんたに気に病んで欲しいつもりもないんだけど。
 ふてくされたように、どうやってそれを伝えるか考えていると、ほぅという溜め息のような音とともに、ミキの口から声が漏れた。
「どうやったら週1回じゃ男は我慢ができないかわかってくれるまで、いくらだって待つよオレは」
「――は?」
 ぽかん…と見上げる。ミキの顔はもう既に、感じの悪いにやけた顔に変わっていた。
「あんた、今なんて――」
「って言ったら、信じる?」
「え……」
「もうそろそろ雨音が戻ってくるから、そいじゃあね。また聞きたくなったらいつでも言ってよ」
 そう言って、軽やかにミキは去っていった。取り残された波はわなわなと体を震わせ「あのクソ男……!」と、声に出して罵った。



 雨音がお手洗いを済ませて出てくると、すぐにミキが出迎えてくれた。
「お待たせ」
「丁度いいタイミングだね。もう少し遅ければ死んでた」
「?」
 ミキは面白そうに笑っているけれど、雨音にはなんのことかさっぱりわからなかった。
「行こうか」
 すかさず雨音の腰をとろうとしたミキの手を、すいと避ける。これでも恥じらいは捨ててないので、人の多いところで目立つようにいちゃつくのは許していない。
「えーと、次は7号館教室だったかな」
 後期の授業は、波とミキ任せでほぼ決まったと言って良い。ベースは波と一緒だが、真面目でどんな学科にも熱心な波に合わせ辛いなと思ったところは、ミキが適当に単位の取りやすい(と噂の)ものをセレクトしてくれたのだ。だから毎日、せわしなくこの3人でくっついたり離れたりしてるような感じである。ミキは本気で、クラスごとの必須以外、雨音と全く同じものを選択してしまったので、これでクラスが同じだったら文字通り1日中一緒になるだろう。今や同棲にも等しいほどミキは雨音の家で起居している。
 しかし、その程度のべったりでは飽き足らないらしい。雨音は前に座りたくないから空いている中で後ろの端の方から席を選ぶのが常を、ミキときたら都合のいい方に勘違いしている。
「ほら、ここ、空いてるよ」
 美しい笑みで勧めてくる席はやはり1番後ろの端。だが雨音は既に顔を羞恥に染めてもじもじとする。
「あ、えーと、今日はもっと前でもいいよ…?」
「遠慮せずに」
「う、うん…」
 ちょっと困ったといった感じで腰掛けると、ミキは相好を崩して雨音の体にぴったりと寄り添う。
 それから、ほぼ雨音の方しか見ないのである。
 それだけで、雨音はもうどうしていいかわからなくなるほど緊張してしまうのに、その後ミキはびっくりするような真似をする。
「……」
 雨音の左手がぎゅっと、ミキの右手にくるまれた。
 波がいたら十中八九、いや百パーセント、その手をぶった切るように座るだろう。波がいるときは絶対にミキにそんなことをさせない。それに、席が前の方の時も、後ろの人に見られるから恥ずかしいといって、逃げる。しかしこういう状況だと、否とも言い辛い。だからミキは、2人だけのとき率先して後ろの席を探す。まるで雨音が望んでいるかのように勘違いして。いや、勘違いと言い切れるほどでもないのだが。
 さらに驚くべきは、ミキは授業の間中このまんまである。
 メモをとりたい時には左手ですらすらと書いた。もともと両利きらしいので、問題ないのだと自慢げに宣言されてしまっては、断る方法も見つからない。
 だけど実のところ、机の下でミキにあたたかく手を握られていると、面映いながらもどこか安心する。
 眠っている時のミキは、びっくりするくらい冷たい。時々苦しそうにして声を出す。夢見が悪いのだと本人は言うが、それだけであんな風になるのだろうか。いったいどんな夢なんだろうと、まだそれは続くのかと悲しい気持ちになる。心配する雨音にぴったりとひっついてなんでもないよと笑うけれど、巻き付いた手が微かに震えているのを知っていた。めったなことで目を覚まさない自分が寝てる間いつもああだったらと不安になってしまう。だから、こうやって甘えて手をつかんでいるうちは、なにも恐れはないと雨音も信じられるのだ。
 初めてミキのその寝覚めの悪さに直面したとき、突然起こしたミキの予想外の行動にうまく相対せなかった雨音は、今でもすまないと悔いている。最近はミキもだいぶ落ち着いてあそこまでの姿を見せることはなかったけれど、そういうのはタイミングだから、きっと1度目でタイミングを逸してしまったのだと雨音は考えていた。後々撤回しようとしたところで、それは後手にまわっている。後手にまわれば、ミキはきっと色々と我慢してしまう。ミキは雨音を悩ませたくないと考えていることを、充分に知っているつもりだ。
 そういう後悔はもうしたくない。だから、恥ずかしいと思って逃げたくなることも、ミキが甘えてくるうちが花だと思って、素直に受けるべきなんだろう。だって、ミキに甘えられて嬉しいのは、変わらない事実なのだから。
 結局最後まで、ミキは雨音の手を放すことなく授業を終えた。机の上を片付けるのに手を引きかけた雨音を、ミキは一瞬でも離すのがいやそうに、名残惜しそうに見て、そっと指を開いた。その姿が、いじらしいと感じた。
 雨音は無言で片付けを終えると、立ち上がる。
 通路を抜けて教室を出る。
 そして――。
 赤い頬を誤魔化すようにそむけながら、左手を軽く持ち上げて突き出した。
 パッと、ミキの表情が花開いたように輝く。
 なぞるようにして、ぎゅうと握りしめられた手の指が、とても心地よかった。



 その人物は古い狭い建物の廊下を歩いていた。
 昼時なので往来が多いが、その人物は他人のことをあまり意識しない人だったので、自分のペースのまま歩いていた。その勢いや憮然とした表情、堂々とした歩き方は、むしろ他人を避けさせていることにも同様に気づいていなかった。
 その人の進む先、通路のむこうの方に、まるで占拠するかのように手を引っ張り合って喚いているカップルがいた。

「こんな往来で、あ、あんなことしていいなんて言った覚えはない!!」
「どうってことないでしょ。オレらは恋人同士なんだからさ。だいたい自分から仕掛けてきたくせに」
「わ、わたしは手をつないでもいいよって意味で手を出したんであって、それをどうやったらそう解釈できるわけっ!?」
「別にえっちしようってんじゃないでしょ…まったく、往来で『ゲス○ン野郎』とか言っちゃうくせにこういうのは気にするんだから。キスするくらいいいじゃん。好きな子が恥ずかしそうに可愛いことしてきたら、その意図を組んでやるのが男の務めだよ」
「何が意図よ! そんなこと頼んでないっっ!!」
「可愛いなあ〜、雨音は怒っても可愛い。むしろゾクゾクする」
「ひいいいいいいぃぃっもう恥ずかしいからやめてっ! とにかく放してっ。もう早くお昼行くんだから! みんな待ってるの!」
「ねえ、このまま2人でどっかふけちゃおうよ」
「合コン中のやらしい男子みたいなこと言わないで!」
「雨音、そんなこと言われたことあんの?」
「! …どうせありませんよっ。どうせわたしがいたって『枯れ木に花を咲かせましょう』ですよっっ」
「それを言うなら『枯れ木も山の賑わい』じゃないの?」
「ヒドい! 有堂くんが言うなんて、ヒドい!!」
「なに言ってんの。もし雨音が枯れ木でそれ以外の子が全員花だったとしても、オレからすれば枯れ木以外は目に入らないんだから。それに枯れ木が美しくないなんて、誰が決めたの?」
「えっ……」
「物にはそれぞれの美しさがあるんだよ。世の中が全部極彩色の花だけであってごらんよ。わからない? 枯れ木は枯れてるとかっていう目でしか見れない人間は、その程度の思考しか生まれない。雨音はけっして花に劣ってるわけじゃない。雨音には雨音の美しさがいっぱいあるんだから。オレは、そういう雨音のことを愛してるんだよ」

 恐るべし。そこまでの痴話を聞いてもその人は、たんに「邪魔だな」という表情を見せただけだった。歩くペースを落とさずに2人の前まで突き進むと、「失礼」と言ってすばやく間を通り抜けた。それだけだった。
 ところが、予想外のことが起きた。
 その人は、通り抜けてから、はたと思いついたように立ち止まったのだった。
 しばし立ち尽くしていたが、何かすごいことを思いついたのだろう。かけた眼鏡の奥の双眸に知性のきらめきを輝かせ、そうか、と小さく口の中で呟いている。突然携帯電話を取り出したかと思ったら、どこかへ連絡し始めた。携帯電話は意外に有益だなどとも呟いている。
 通話の相手が戸惑うように何か言っても、その人は「すぐにです。お願いしますよ」としか取り合わなかった。
 そういうことだったのか、と満足してその人は再び、足早に歩いて行った。



 よくもまああんなくだらない物がすらすら書けたものだ。
 いまだに腹を立てながら、波はマンションへ帰っているところだった。
 何が悔しいって、あのくだらない小説にはキーワードが全部入ってたことである。だから、真っ二つに裂いたものの、それ以上散り散りにする勇気がなかった自分に、ますます腹が立つのだ。
 あの男は授業だって聞いてるのか聞いてないのか彼女の寝顔しか見てないくせに、肝心なポイントを押さえている。もともと全部知ってることなのか、1回聞いて覚えてたことかまではわからないが、その余計な鋭さは波自身の不自然さにまで及ぼうとしている。少し手を打たないと、いや、やはりその前に1度ぎゃふんと言わせてやりたい。などと波の思考は怒りゲージに傾いたままなかなか戻らなかった。
 試験前で午後最後の授業が休講になっていたので、バイトまでの空き時間、波はいったん帰ることにした。ドアから入るなり、無意識に、玄関にあるトイレのスリッパをトイレの中にある部屋のスリッパと交換し、今日は業者が入っていない日だと確認する。お掃除が入っていれば、こんな凡ミスに気づかないわけがない。島はしょっちゅう考え事をして、自分がどこで何をしたか忘れてしまうため、これくらいはもう慣れっこだった。
 業者が来てないと知って、波はいそいそと掃除にとりかかろうとした。
 電源がついたままのコンポを消し、ふと、なにげなく部屋にあるフラワーアレンジをじっと眺めて、あれ? と気づいた。島が頼んでくれている花は先日変わったばかりのはずだったが、今見たらまた変わっている。まだキレイだったのに…。だがそれだけならともかく、なにかが波の気を惹いた。近寄ってみた。あんぐりと、口が開いた。

 これはいったい、どういう意味なんだ!

 ただ呆然と、眺める。
 ちょっとグリーンが多いアレンジかと思った。しかし、そのグリーンにはパセリと三つ葉が使われているではないか。
 さすがにプロ、センスいいだけあって、一瞬、気づかない。というか、素敵なものに見えてしまう。しかし、所詮は三つ葉だ。パセリでもぎりぎり感が否めない。こんなものを頼まれた方も、びっくりしただろう。わかっている。島が強引に頼んだに違いない。上顧客に命令されて、きっと無理とは言えなかったに違いない。ああ、それにしたって、これは。これは。
 さすがに食べられないな…とぼんやり物思いにふける。
 いたたまれない気分になった。本人は未だ波の意図を理解していないことは明白である。だがもしかすると、わかった気になって得意げになっているのかもしれないなどとも予想できる。
 島が帰ってきたら、この件について言及すべきか否か、波は慎重に、慎重に、考えるのだった。




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