Home Sweet Home 99


「このアレンジ……」
 言いかけて、やめた。つい最近からずっと、島の頼んでくれている花の中にパセリや三つ葉が入っていることを、波は知っていて、それでも敢えては聞かなかった。黙って、胸の中に仕舞っておく方がいいような気がしているのだ。
「お気に召しませんでしたか」
 振り返らずに言うものだから、波はえっと一瞬とまって…目をしばたたく。
「捨てて下すってもかまいませんよ。僕には花などどれも同じにしか見えませんが、あなたにはあなたの美的感覚があるのでしょうから」
 そう言って、波の置いていた花かごに視線を送ったことでようやく、島の勘違いに気づいた。
「あ、いえ違います。こっちの花は貰いものです」
「ほう」
 その他に、プレゼントの包みを解いたリボンが見えたのだろう。片眉を器用に動かした島に、波は遠慮がちに告げた。
「もうすぐ、誕生日で」
「それはおめでとうございます。少しは大人になれるといいですね」
「はあ…ありがとうございます」
 とても祝ってくれているようには聞こえなくても、深遠な島の言葉は大事に頂いておくことにした。
「幾つになるのですか」
「19です」
「そうですか」
 口にしてみると、自分はまだ10代で、そしてその最後の年を過ごすのだという想いに浸った。
 島はもう既に30代に突入していて、波には未知の20代をとっくに過ぎてしまっている。
 大人というのは、大人になるということは、年を1つとることと、どう違うのだろう。
 波の知らない島の20代は、どんな風であったのだろう。
 波の瞳が不思議に色めく。
「先生って、お幾つなんですか」
 島はじっと花を眺めている。
「あたしは先生からしたら、随分まだまだなんでしょうね…」
 何気なく付け足すと、島は急に波と視線を重ねた。
「何が仰りたいんです」
「何ってほどのことは……。ただ、自分では意識してなくても、先生からしたらあたしは小学生みたいなものなのかな、って」
 波の方が目を合わせていられなくて、ゆらゆらと逃げた。
 間があいて、波のこころが落ち着きなく揺れ始めた。島はお酒でも飲むかのように炭酸水を煽ると、それまでの間と裏腹に、消えて行った泡を追うように早口でまくしたてる。
「やはりあなたは若い。危険なところで突っ走る甘さも多い。それも若さゆえかと思った。だがそれはあなた自身の弱さからきてるものだったようだ。あなたは他人との関係によほど老獪(ろうかい)で、もっと慎重で冷たいと考えていた…なのに。前にも言ったでしょう。『信用しすぎている』と。あなたは人の弱さに敏感で、弱い人間を見つけると途端に身のうちに入れようとする。それは時として取り返しのつかない不幸をもたらすかもしれない。焦る必要はないのですから、じっくりゆっくりと、答えを見つける方がいい」
「……」
 どうしてそんなことを今言うのか。さすがに推し量れなくて、島の口もとを見る。それ以上視線を上げるのが恐ろしいような気がする。何も教えてはくれないと思っていたあの冷たい瞳が、雄弁に語りそうで怖い。でも、見たいとも思う。
「早くおやすみなさい」
 波が見るよりも早く、島は体を反転させて出て行った。
 残していった空気がやんわりと波を取り囲むようで、波はもう一度花を眺めた。

 先生はあたしのこと、女の子として見てくれているのかな……