Home Sweet Home 97


 『あれ、そういうことなの?』

 王子がなにを揶揄していたのか本当のところはわからなかったが――波は胸のあたりで拳を握りながら、逆に知るのが怖いと思考を遠ざけた。
 あの腐れ王子! などと心の中で罵声を浴びせることが、自分を誤魔化していることだともわかっている。だが、本当に憎らしいと思ってるのもまた事実ではある。
 どうもここのところ、対抗意識のようなものが王子に対して甚だしく芽生えているような気がする。
 なんであたしがアイツのことをこんなに意識しなきゃならないのだと、波はイライラ首を振る。相性をどうこういうほどの仲だとも思っていないし、具体的に位置づけるならば親友の彼氏というだけだ。好きか嫌いかと言えば「どうでもいい」が正解にもっとも近いだろう。
 そもそも王子は、波にとって虫酸の走るような顔をしてるくせに、ろくでもない猥談まがいをぶちまけながら自分と親友との間に突然割り入ってきて、図々しい顔を見せてる男である。好感なんか持てるはずがない。
 でも、それでも、親友の彼氏だからと波なりにちゃんと相対してた。
 波だって本気で2人が別れればいいとか考えていないし、親友に対しては、以前と変わりなく大切な友達だという感情を抱いている。だから、素直に言うつもりはなくても、こころの奥底では幸せを願っている。それは裏を返せば、王子に対しても同じ気持ちを抱いているということになるのだろう。だが、今は、違うのだ。どうしても、2人の幸せを、素直に喜べない。
 何かが、気になって仕方ない。以前とは違った、棘が刺さったままのような、煩わしさがまとわりついて離れない。前だったら無視してさらっと流せることも、神経質になっている。
 あたしは何に過敏になっている…。
 ことあるごとに波に突っかかってくる王子は、初めて出会った時から変わってない。もうその辺は諦めてる。ただ、王子がその綺麗な顔を満足そうに振りまいていると、無性に目を逸らしたくなる。その恋人である彼女に対しても、波の中の卑しい部分が首をもたげてくるみたいに。
 ――だめだ。やっぱり余計なことを考えるのはやめよう。バタフライ効果なんて言葉知らないし、これから会う友達のことを悪く考えるなんてしたくない。
 いつもなら、知らない言葉はすぐに調べようとメモしておくのに、それすらも放棄した。
 気を紛らわすために、波は携帯を取り出して眺める。何とはなしに島から届いたメールを読み返し、精神状態を正常へと均(なら)すのに集中する。
 友人たちと合流した時の波はもう、いつもの状態に戻っていて、親友に対しての含みなどひとつも持っていなかった。
 結果としてそれは大変良かったと思う。持っていたら、後悔していたからだ。