Home Sweet Home 92


 波だったら、お金持ちから毎日プレゼント攻撃にあったら、辟易もするし、金銭的負担を想像して嫌になるだろう。それなら、毎日野に咲く花を1輪くれる方がありがたい。貧乏性なのかもしれないが、物質的なことでなく、精神的な面での気遣いの方が喜びにつながると思う波にとって、島のような金持ちの奔放さは苦痛でもあり、嫌味でもあるはずだった。
 しかし、波に与えてくれる贅沢は、毎日のプレゼント攻撃とはどこか性質を異にしている。
 むろん、業務用に近いものを埋め込んでいるこの食洗機をスプーン1つで動かしたり、損失額を想像するのも嫌なほどエネルギーの無駄遣いは散見される。口にはしないがその点は非常に不満たらたらだ。
 それでも嫌悪感なく、波の狭量な嫉妬心を波立たせることなく素直に受け入れられるのは、大袈裟に言えば島の人徳ととれなくない。
 島だから、……

 焦げつかないよう大きな鍋をぐるぐるかき回しながら、調べたあれこれの手間をかけて、波は初めて真面目に調理した。
 カレールーにチョコレートやソースを入れると美味しいと書いてあるのもあれば、固形ルーは完成された味なので、手を加えない方が美味しいというところもあり、始めはどれが正しいのだと迷った。が、ようは自分が1番美味しいと感じるものを作ればよいのだと思い至って、とりあえず好みに合いそうなものをピックアップして実践した。その結果は、いまのところ満足のいくものとなっている。
 それはまるで王子弁当の隅のおかずにも満たないレベルや手間なのだろう。所詮カレーライス。こんなもので何かが変わるとも思えない。だけど、今回はお腹を満たすためだけじゃない。自分で考えて、島に飽きないのかと聞かれても、堂々と返事できるしろものだと思う。
 コトコトと長い時間かけて煮込まれたカレーは、ふうわりと香りを空中に漂わせながら、食べられるのを待っているようだった。
 気づけば夕飯に丁度いい時間帯で、タイミング良くご飯も炊きあがっている。
 とそこへ、長いことキッチンにこもっていた波のもとに、自室にこもっていたはずの島が、落ち着かなさそうに顔を見せた。手にはペンと紙が握られている。
 ずっと忙しそうだったのにどうしたのかと見ていると、鼻に皺を寄せた島がきょろきょろと台所を眺め回した。
「カレーの匂いがものすごい鼻につくのですが」
「! お邪魔でしたでしょうか」
 食べ物の匂いが充満していると、案外集中できないものである。慌てて窓を開けようとすると、島はぽつりと言う。
「匂いが気になるのであれば、僕は……お腹が減っているのかと考えていました」
 しばしの間の後、波は笑みをかみ殺している自分を見つけた。
「先生、あたしその答えわかります」
 すぐに、お皿をもう1枚出す。
「先生は、あたしのカレーが美味しそうだって思ったんですよ」
「…そうでしょうか」
「たまにはジャンクフードを食べたくなるでしょう。あれと同じだと思って、ちょっと、勢いこんで作りすぎてしまったし、いかがですか」
「確かに。人はたまに妙なものを口にしたくなりますね」
「……」
 あまり褒めた言葉とは言い難かったが、島もその気になったようだったので、波は黙殺した。
 それから2人で珍しく一緒に夕食をとった。
 作ったカレーは、波の人生の中でもっとも美味しいカレーだと、波は信じて疑わなかった。