Home Sweet Home 91


 波の料理の基準は
[簡単]
[具材少ない]
[一度に大量]
 である。
 その波が、今は少しだけ「見た目」というものについて考えている。
 理由は、おでんのせいだ。
 なんとなく、島の言っていたおでん屋をネットで調べていたら、それを島に見つかった。
「あれだけ毎日おでんを食べておいて、まだおでんについて調べているなんて、余程お好きなんですね」
 そういうわけじゃないんだけど…と思いつつ、無言でいると、
「僕は飽きます。それは味の問題でしょうか、味覚の問題でしょうか」
 とんでもないことを言われたことがきっかけで、波は考え込んでしまったのだ。

 正直なところ、波の料理は味見してもしなくてもほとんど同じだった。だいたいが、完成された味を持っていてそれを再現するだけ、つまり、カレーとかシチューとか、最終的に醤油あたりをかけて食べるものとか、自分で細かい味付けなんてしなくていいものばかりだったからだ。となると、好みか好みでないかの判断すらなくただ「こういう味だから」と思って食べていたものも多い。
 島の指摘は格別、波の料理や味覚を指して言ったことでもないだろうが、味の変化工夫や、彩りを施す楽しさも見出さねば、機械的に栄養を摂っているだけと同じじゃないかと目から鱗が落ちた気分だ。偉そうに、栄養補助食品で年末を過ごした島を馬鹿にしたのも、言えた義理ではないだろう。とそう波も自覚したのである。
 とはいえ、考えたところで、波に複雑な材料を集めることも、高度な技術を要することもできるはずもなかったが、これまで深く考慮せずにやっていたことを見直してみれば、ちょっとは違うかもしれない。
 そう決めると、波はいろいろとネットで調べ始めた。



 鍋の中に、茶色いどろりとした液体が、大量に湯気をあげている。
 結局、手始めに選んだのはお馴染みのカレーだった。よく食べるものの中にこそ、代わり映えが必要なのだ、とひとり豪語する。
 食材はいつもとそんなに変わりない。海老だのホタテだのを入れる余裕はないし、スパイスを買って来ていちから作ることも無理だ。だから、食べ慣れた固形ルーと具材とである。
 それでも、いつもよりもいい香りが鼻をくすぐっている気がするのは、自惚れだろうか。
 テレビや雑誌の中で見るような豪華な部屋で、安っぽいカレーを大量に作る、これって違った意味で贅沢なんじゃない、と機嫌よく鍋をかき混ぜる。

(ノーノー、安っぽいとかじゃない。いかに工夫するかが大事なの)

 煮込みものは大量に作った方が美味しいと聞くし、小分けにして冷凍すればいいので、島が買ってくれたプロ顔負けの寸胴を引っ張りだして作った。ついでに、抽き出しの中にあれこれ道具がずらりと綺麗に並んでいるのを見ると、最初はこの家、ジャーもなかったのよねなどとクリスマス頃が懐かしく思える。
 自分か来たことでだいぶ物が増えて、少々庶民的ではあるが、生活の匂いがするようになった。己のいる証が増えてるようでもあり、照れくさい。
 なんだか花もずっと買ってくれて、いつも美しく仄かな香りを運んでくれている。
 本当はそういった元の生活にない全てが、島の負担になっていることのはずだ。だから申し訳ないと思うのに、島はそれを気障なやらしさなく、むしろこっちに申し訳ないだろと思わせる、とんちんかんなやり方でしてしまうので、波も負い目が少なくて済んでいる。
 それって、実はすごいことではないだろうか、と、渦を巻くルーの中で波は思案する。