Home Sweet Home 88


 ――いや、そんなわけないのだ。
 島は別に、全体をざっと眺めているだけで、特定の誰かと視線を合わせているわけではない。こんな遠い席で、実際、すぐに目は違う方に向いたし、そこに意味があると考える方がおかしい。
(……はぁ、ちょっと意識しすぎだ)
 自分で勝手に動揺して、恥ずかしいったらありゃしない。
 島の話が飛んでいることに気づいて、上の空だったと、慌てて集中しようとした。だが、どうしても自分だけが知っているだろう島が甦って、波の邪魔をする。
 去年の波は、島のゼミに入るかもとは思ったけれど、島個人に面白みを見出してはいなかったはずだ。友達:嫌味、特技:嫌味、顔:最低という、最悪の評価だけだったように思う。
 人間変われば変わるものだなあ、などと……。
(――違う、あたしが変わったんだ)
 波は唖然と省みた。島はなにも変わっていない。ただ、波自身が勝手にあっちからこっちへと意見を変えただけであった。
 今じゃ、あの渋面に可愛げさえあるような気がする。
(……おかしい)
 授業が終わって手元を片付けていると、すぐに友人から「なに笑ってたの」と聞かれた。
 なんの気なしに「笑ってた?」と答えようとした波は、友人の顔が奇妙に歪んでいることを知った。
「波、アンドーのこと見てにやついてたよ」
 瞬時に自分の胸に黒いものが覆うのを感じて、波は顔をしかめた。
「――見てない。先生のことなんて」
 言いながら、別のことを考えている。
 島をずっと見ていたと、指摘されたことももちろん、波の反発を起こした。だがそれ以上に、友人の言葉に含まれた、アンドー。それは、島のあだ名『アンドロイド』の略称であり、蔑称と言えた。
 島が学生たちにそう揶揄されてるのは知ってたし、自分もそう思ったことも多々ある。つい先日、本人に口走って後悔したばかりの単語でもある。
 そのくせ、島が陰ではいまだにそう呼ばれている事実に、胸が痛むのだ。
 人の言うこと思うことをいちいち止めてかかるなど到底無理だとはわかってもいる。だいたい、自分だって人を責められた立場にはない。それが、悲しいと思った。
 あっちからこっちへと、身勝手に転身した、ツケのように感じられた。
 本当は違うのに。本当はもっと、いろいろ、知って欲しいことがたくさんある人なのに。
「アンドロイドじゃないかもよ」
「ん?」
「先生、意外にいいとこあるかもだし」
「なんかあったの?」
「べつに。ただそう思っただけ」
 まるで自分が傷つけられたような気持ちになってるのが、自分自身、自分勝手で許せないと思う。
 少し前まで気にも留めなかったくせに、急に意見を変えるなんて、島が知ったらどう思うだろう。
 やはり去年と今年との自分には大きな差がある。去年のあたしは、先生に対してどうだったんだろう。あたしは、とてもひどい言葉を、先生にぶつけてたんじゃないだろうか。なのに、今は先生をけなす友達に、やめさせたいと願ってる。
 ふらふらと揺れる天秤を眺めるようで、波は塞ぎこんだ。