Home Sweet Home 83


「コを持…」
「ああああああぁぁぁあ〜お弁当美味しいなあ……! 美味しい、美味しい、美味しくて安いお店発見したから、波、新年会はそこに行かない? すすすすっごく安いの。1回下見で行ったから、味も保証するよ。1日くらいいいでしょ!」
 恋人の声を遮って、なにを焦ったか親友はまくしたてた。張りつめていた緊張が霧散する。親友のこの意気込みはなんだろう。そんなにも自分と新年会したいのか、にしては必死すぎるだろう…と、波はかえって疑りの目で見た。「どうしよっかな…」本当に新年会のつもりか。まさかさぐりを入れようなどと考えて……波は見定めるべく、見たくもない王子の顔を見た。すると。
「波の家に押し入るのなんて簡単だよ。いっとくけど、オレ、経験済みだから」
 ニタリ、と「経験済み」のところで彼女の方をチラ見する彼氏に、波はイラっと箸を折りそうになった。これは、自分の彼女を困らせるなという、暗黙の脅しに決まってる。こういう、王子のくせに騎士気取りなところも、波の癇に障るのだ。
 親友の憎めない顔と、隣りの王子顔があからさまに脅迫していた。
「…わかったわよ。じゃあ、2000円以下ね」
 苦い口調で呟くと、素直に喜んだ親友の隣りで、王子の瞳が怪しく光っていた。
 ――帰り道、気をつけよう。
 波は人知れず身をすくめた。



 アルバイトを終えて、少しだけ買い物をしてから帰ると、島はまだ戻っていないようだった。部屋の中は真っ暗で、無音である。静けさを肌で感じて、ホッと息をついた。1日中騒がしい空気に触れて、疲れた。
 そのくせ、島がいないことは気になった。もうすぐ試験でもあるし、学期再開で忙しいのだとは思う。同じ学科の教授が、来年度サバティカル休暇《※カトリックなどの大学にある、通例7年に1度の安息年。研究・旅行などのため教師に与えられる1年の有給休暇》が決まっており、講座は島に皺寄せがくることは既に学生にも知れ渡っていたので、そちらのこともあるのかもしれない。
 忙しいと食事を摂るのも忘れてしまうような人間だ。世話になっているお返しに――風邪で迷惑もかけたことだし――少しくらい気に留めておいても悪くない気がする。まあ、余計なお世話もお節介も嫌がるようだから、何ができるかはわからないけど……。ともかく、自分なりに、気にはかけておこう。今は同じ運命共同体であるのだし。それくらいしたって、バチはあたんない。今日は先生も、自分のように緊張しただろうか、誰かから疑われるようなことはなかっただろうか。もし何かの時は口裏を合わせた方がいいのだろうか、などなど。
 とつおいつ、自分の分の食事を用意して、1人で食べた。セレブな島など鼻にもかけないだろうおでんは、1度にたくさん作って、2、3日はこれで事足りるようにするつもりである。日が経つほど味もしみて美味しい一石二鳥の、波の節約メニューだ。
「いただきます」
 張り切って口にしたのも束の間、急に食欲が失せて行くのを覚えた。
 誰もいないだだっ広い部屋での食事は、昼間の学食の喧噪など夢であったような雰囲気をかもしていた。