Home Sweet Home 82


 王子謹製だという弁当は、彩りも見た目も完璧だった。有名料亭で買って来たと言われても信じていたかもしれない。ためらっていたものの、温度差のある2人の視線に強要されて、いただきます、と箸を伸ばしてみた。咀嚼し、溜め息を吐きそうになる。甘辛で育ってきた波には少々判で押したような上品な味、と評価できなくもなかったが、正直なところ相当美味しい部類に入るだろう。ふつう、同い年でこんなものを作れる人間は、まずもっていない。
「ね、どう、どう? すっごいでしょ! ほっぺた落ちそうじゃない?」
 にこにこと満面の笑みで、自分の手柄のように褒め讃える彼女に、波のダメージは深まった。
「――そうね。美味しいわ。これならあんたを釣っておつりが出るわね」
 気がつけば、無言で箸を動かしていた。
 いつしか波の様子を気遣わしげに眺める友人に気づいて、少しばかり波も落ち込んだ。喋らないくせに頭の中では目の前の2人のことばかりであったからだ。2人が公然とイチャついてるのはいつも通りのことなのに、自分の精神がまるで追いついていない。数週間ぶりでしかないが、環境の激変した波にとって、2人の甘ったるい空気が煩わしさを増している気がするし、よくはわからないが、何かがいちいち波の神経を逆撫でしてるようなのだ。
(これじゃあまるっきりやっかんでるように見えるじゃない)
 波はお茶を流し込んで、無理に笑顔を作る。ところが、
「…ど、どうしたの波…。なんか、顔が引きつってるけど…」
 怯えたような声音で言われてしまう。
 これもたぶん、島の影響だろう。逆に、ここ数週間、筋金入りの仏頂面ばかり眺めてきた波には、
「あんたたちの方が、去年より鬱陶しい」
 ぶすっと箸で行儀悪く、飾り包丁の入った赤かぶを刺して食べる。ぽかんとした表情の後、おどおどした友人が先に話題を変えた。
「そ、そうだ波! 年末一緒に忘年会しようと思ってたのに、連絡つかないから、できなかったでしょ。かわりに新年会しない?」
「新年会?」
 遊びたいのはやまやまだが、借金を抱えた身でそんな悠長なことをしててもいいものかどうか迷う。
「また波の家も行きたいな」
「ダメ! 絶対!」
 カップルは同時に反駁した。
「ええ〜?」
「なぜ?」
 なぜって、うちがうちじゃないからに決まってる! もどかしさを咀嚼に変えて噛み終えてから、取り繕った顔を見せることが、すでに嫌になりつつある。
「家が荒れるから。ざるどころか大型の筒みたいな底抜けの酒豪と、隙あらば彼女を酔わせようとするいかがわしい男が、うちで新年会なんて。あたしの気はひとときも休まらないじゃない」
「筒だなんて…ひどい」
 彼女の方はこれで誤魔化せたようだがしかし、王子はちょっと瞬いてから(やらしい感じだ!)、くちびるを吊り上げた。
「波、なんか隠してるでしょ」
 腹の底が寒くなったことをおくびにも出さず、波は平然と見返した。
「なんの話」
「携帯のことといい今日の様子といい――家に来られちゃまずいものが、鎮座ましましてんじゃないの」
 まるで見透かすような視線に、敢えて立ち向かう。ああこんな時、島のようなしかめ面は役に立つのだと思った。内心はひどく用心深くなっている。だが、その用心深さの脇に、それとは別の、優越感に似た感情が潜んでいることに、波は気づかずにいた。
「なにが鎮座してるって」
「そりゃあ――」
 王子は、悔しいが頭のいい男だ。根拠のない自信など持たない。あるのはいつも確信に満ちた自信だけで、その口から告げられるとすれば、真実――
「――そりゃあ、チン…」