Home Sweet Home 81


「――は? あたし?」
 王子はすぐに会話を恋愛から下ネタに持っていこうとするきらいがある。的外れに聞こえる質問に、波の語気は荒くなった。
「もしかして、あの日…イブの日も、うちに逃げ込んできたとか」
「うち、って。あんたん家じゃないでしょ。あれはこの子の家」
「2人の愛の巣だよ」
 波はじっと睨みつけてから、両手をあげた。
「はいはい。どうでもいいです」
「うわ、本気で波がひがんでる。可哀想に、お金の発生しない愛が欲しいんだね。それとも、局部だけじゃなくて頭から足までついてる生身の男が欲しいのかな」
 慌てる親友を尻目に、相変わらず生意気な彼氏は波に挑戦的な態度だ。波が無視していると、勝手にのろけ出す。
「恋人との時間はいいよ〜。楽しいし、幸せだし。想像してみなよ、隣に愛しい男の寝顔がある生活をさ。あばたもえくぼなら、よだれも蜂蜜ってもんだから。彼氏ができれば少しはその立った薹(とう)も柔らかく優しくなるだろうし、ちょっとは女っぽくなると思うのになあ。自然の潤いが出てくるっていうの? いずれにせよ、欲求不満を解決するのは道具や画面の中の愛なんかじゃなくて、生身の男との付き合いってことを……」
 やっぱりろくでもないヤツだった、と波は心の中で舌打ちし、話は聞き流すことにした。こちとら男の寝顔なんて拝んでる余裕はないのだ。いや、今の波ならば拝もうと思えば、扉を2枚ほど開ければ見ることくらいできる。あたしは良識があるからそんなことしないけど。先生なんてどうせ寝顔も仏頂面で、眉間に小山ができてるに決まってるから、見なくても充分だし。だから彼氏なんてべつに必要ない。
 さっさと席を確保して食べ物の列に並ぼうとすると、親友から遠慮がちに声がかかった。
「あの…わたしたち、今日、お弁当なんだけど」
「ふーん」
 たまに残り物を詰めてくる波と違い、2人がお弁当などとは、初めてのことだった。3人で食べるってわかってて、見せつけてくれるじゃない、と思っていると、波の分もあるから一緒に食べようと言われてちょっと鼻白む。
 ところが、どん、とテーブルの上に出されたお重を見て、波は動揺した。あまりに立派すぎる、どこぞの花見重かと見紛う代物である。
 その表情を見た友人は、驚くべきことに、自分じゃなくて、王子の手作りだなどと説明した。
 卒のない男だとは思っていたが、まさか料理までこなすとは知らなかった。作った本人は馬鹿にしたようなそれでいて面白がっているような、まるで猫の目で波を見ている。
「さ、波、食べよう!」
「…いいの、彼氏が作った弁当でしょ」
「いいのいいの! すっごく美味しいんだから波にも味わって欲しいの」
「あんたは? あたしに本当に食べて欲しいの」
 おそらく、大事な彼女に口説き落とされて波の分まで用意したのだろう。でなければ、手料理を他人のためにするなどとは到底考えられない性格なことは、お見通しだった。儀礼的に問うと、王子は少しだけ奇妙な笑みを浮かべてから、目を逸らして「お好きに」と、そっけない返答をした。なんだその態度は。喧嘩売ってんのか。どこか神経にぴりぴりと障る仕種に波は好戦的になった。
 しかし彼女の方はそれがまるで優しい合図だったかのようにぱかりと蓋を開く。その中身に、とうとう波は呻いた。