Home Sweet Home 8


「は?」
 さすがの波も、これには驚いた。
 すると島は再び「あなたはバカなんですか」といった。
「――」
 呆然とした波は――大きく片眉をあげた島の様子を見て、初めて自分が変な顔をしてることに気がついた。なんで、すって――波は胸に溜まり始めたものを誤魔化すために渋面を作った。こんなつまらないことで簡単に頭に血が上っている自分にも驚いていた。多分島の見てくれと物言いがピンポイントで人の気持ちの痛いところを刺すことに長けてるのだ。あまりに悔しかったのだろう。鼻水が、なんて言いながらずるっと鼻を吸ってみる。島の視線が刺すように痛い。
「あ〜。ここって寒いですね」
 耐えろ、耐えるんだ、プライドだけで必死に堪えた。その反動か急激に疲労感が波を襲って、何か喋ってないと弱音を吐きそうだった。波は慌ててつまらない説明を始めた。
「頼れる親戚や友達も思いつかないし、携帯も火事のせいで壊れちゃったし、お金も盗まれちゃって、家は家事で燃えちゃった……なんて確かに、あたし、本当にバカになっちゃったのかもしれませんね」
 このままじゃ退学かなぁ…学資ローンどころか暮らせないし。ぼやくと、波の弱気はおさまった。諦めの気持ちが満ちて寝るとこなんてもうどうでもいいような気がしたのだ。お騒がせしました――波は小さく謝ると、お辞儀をし、公園にでも行こうと考えた。島は黙って見ていた。早く出て行けと言ってるようだった。
 無理やり気力を起こし、荷物をまとめる。島の視線が居たたまれない。その視線にさらされると自分の状況が惨めにのしかかるようで、むしろ早く立ち去りたくなった。
 歩き始めたところで、自分が一歩も進めていないことに気付いた。
「?」
 荷物の袋を、島が引っ張っていた。
「……あの」
「……」
 島が黙ったままなのに、波は困惑する。なんだろう、まだ何か怒り足りないのかしら。一度建物の中で寝られると期待したことで、ここへ来る前よりも波の体は疲れていた。だからこれ以上何かを言い返す力は出てこなかった。
 波も黙ってしまうと、島はただ波の目を見つめているだけで、ひどく気まずい時間が流れた。なまじ顔がいいだけに、ひたと見つめられるとどうしていいのかわからなくなる。むずがゆさと苛立ちが起きて俯くしかできない。でも俯くと鼻水が出てきて困る。耐えられずに波が声をかけようと思い切った時、島がようやく声に出した。
「今夜だけですからね」
 最初はその意味がわかりかねた。ぽかんとして見上げる。
「今夜だけです」
「…あの、それは、泊まってもいいってことでしょうか?」
「仕方がないでしょう」
 明日からは自力でなんとかして下さいよ。絶対ですからねと念を押している。確かに教師としてはこんな所で女の子が寝てると知ってて放置し、何かあったら責任問題に問われるのだ。波の視界が、急に開けた。
「あ、ありがとうございます…っ」
 安堵で体がよろけそうになるのをこらえて、教室へと引き返すため歩き始めた。なんだ島先生思ったより理解あるじゃない、ああ良かった。今度は嬉し涙が出そうだわ。これで少なくとも室内で寝られる。ともかくも休める。しかしそれもまた重い何かに引っ張られよろけた。島だ。まだ何かあるの? 波はぐったりと島を見た。
「なにか?」
「どこへ行くんです」
「教室に」
「どこで泊まるつもりです」
「教室に」
「誰がいいと言いました」
「先生が」
「違うでしょう」
「ええ?」
 眉間に皺を寄せただけで憂いのあるような姿に見える。ハンサムってお得ね。波も同じように眉間に皺を寄せて返す。すると。

「あなたが泊まるのは――うちです」

 うちです、のところを苦々しげにいうと、島は荷物を取り上げてすたすた歩き出した。

「は?」

 あとにはぽかんとした波の顔だけが残った。