Home Sweet Home 77


 2日ばかり寝ていたらだいぶ良くなった。
 これ以上寝てることの疲れに快癒の兆しを感じて、波は部屋の窓を開け新鮮な空気を吸い込んだ。冬晴れの外は気持ちがよく、淀んだ部屋の中が一気に清々しくなる。これなら大丈夫だとあらためて確認する。
 この2日間は、島からの『たのみたいことがあればいつでもメールで』というメール指示により、直接話すことはほぼなかったと言ってよい。りんごのコンポートやら無駄に多い冷えピタやら差し入れてはくれても、よほど菌がうつると案じたのか、ちょっと波が起き上がって外を徘徊していると「出てくるな」と部屋に押し込められてしまった。普通に優しかったのは後にも先にもあれきりで、当然島が波の部屋に入ることもなかったし、相変わらず素っ気ない。波自身、病にかこつけてとんでもなく甘えてしまった気がするのも、あれは夢だったのかなという気になっている。本当に、あの日波の部屋に入ってきたのかと思うほど、島は厳しく線を引いていた。
 それでも不満がおこらないのは、島という人の心根自体は優しいと再認識したからだろうか。
 島の意識の中に、病人の波への気遣いがあるとわかっただけで――いや、それ以上かもしれない。島は波が知ってる以上に、波の存在を認識し、気遣っている――そう気づくと、波は言い知れぬ満足感にくすぐられるのだ。
 それなりに快復して久しぶりにちゃんとしたものが食べたくなった波は、3日ぶりに台所に立った。こんな時でも食べられそうなものがないか冷蔵庫をのぞいていると、まだマスクをした島が目ざとくやってきた。
 どことなく身の置き場に困り、慌てて頭を下げる。
「起きてて大丈夫なんですか」
「お陰様で。ご迷惑おかけしました。もう大丈夫です。ありがとうございます」
「無理するとぶりかえしますよ」
「いえ。慣れてるんで、感覚でだいたいわかります。部屋の空気は入れ替えておきましたから…というか、あたしがマスクしましょうか」
 疑わしそうに口元を押さえる島に波は軽い気持ちで指摘した。だが島はじっと波を見ただけで、どうするか決めかねてるようだった。
「そんなに風邪がうつってしまうのご心配なら、あたしマスクしますから」
「違う」
「?」
「逆です」
「…? 先生も風邪ひかれたんですか」
「あなたがしたって意味はない」
「??」
 考えていると、島はマスクの下から吐息をこぼす。唯一見えている目元からだけでも変な表情になっているのが見て取れた。「いつもそうだ」
 珍しく声音に感情が滲んでた。
「いつもあなたと僕との間には溝がある」
 その言葉が、思いの外深く、波の感情をえぐった。
 島の態度はまるでお互い永久に理解し合えないと言わんばかりである。
「…なにが仰りたいんですか」
 夢から覚めたように波は顔をこわばらせて、島に向き直る。
 なぜだかわからない失望感がまとわりついた。
 それを助長するように、島は呟いた。
「今まででこんなに腹立たしいことは初めてだ」
 己の肩が震えた気がする。せっかく調子のよくなった体から力が抜け出るように、びりびりとしてる。
 辛うじて強気な発言をこぼす。
「先生は……あたしのことが嫌いだって言いたいんですか」
「またその話ですか。聞き飽きました」
「やっぱり…やっぱりアンドロイドだ」
「……」
「先生は人のこころがわからない」