Home Sweet Home 76


 その後再び熱が上がり、体の痛みと熱さに浅い眠りを邪魔され続けた。
 疲れて眠りたいのだが、あちこちが痛くてどうにも寝ていられない。ひたすら汗をかき、眠ったと思えば起きるを交互にしていると、ようやく薬が効いてきた頃、またドアから物音が聞こえたような気がした。気のせいかと浮沈する意識を辛うじて澄ますと、確かに扉を叩く音が聞こえる。小さく返事をしようとしたが、うまく声が出ずに空気が震えただけだった。だるさと朦朧とした中、それ以上の対応が面倒になりうつらうつらして待っていたら、気兼ねするようにゆっくり扉が開く。なにがしか小さく声がかけられて、そろり空気が動き、ベッドのそばに人が立つ気配がした。
 急に部屋の温度が変わったように感じた。波が苦しさに喘いでいると、そっと、遠慮がちに額に何かが乗せられる。それが手であると気づいたのは数秒後だ。
 柔らかく優しい手つきの指先は心地よかった。溜まった熱が拡散していくように、指先に吸い込まれてく。人肌って気持ちいいな……。何度か口を開いてようやく「先生」という単語が声に出た。ぎくりとした手が額から離れ、波はもうちょっと手のひら当ててて下さい、と頼んだ。返事はない。手が離れるとおでこに熱が戻ってくる。手当、って本当ですね。手を当ててもらうと、治る気がする。喉がからからとしてうまく喋れているかわからない。けれどゆっくりと冷たい指の感触が戻ってきて、波は安堵する。ようやく相手から返事が届いた。
「あなたは…他人をあてにしないくせに、僕を信用しすぎだ」
 波の上下する呼吸にあわせて、柔らかい指先がすっと前髪を梳いた。
「そんなんじゃこの先、生きていけませんよ」
 思いの外、声が戸惑っていた。波は素直に口にする。
「先生が悪い……」
「僕?」
「先生が、あたしを甘やかすから」
「先生だって言った…あたしのこと、甘ったれだ、って…」
「先生に甘えるの、癖になりそう…」
 話したら疲れが出て波は深く眠たくなった。手当が心地よい。
「…熱がある。もうしばらく寝ていなさい」
 さっと手が離れ、少し寂しいと思った。代わりに冷えピタシートが貼られたが、先生の手の方がいいと思った。
 そう言えば、先生があたしの部屋に入ったのは、初めてかもしれない。
 島の出て行った気配を感じ、ひどい喪失感だと考えていた。
 今ならわかる。またすぐに忘れてしまうかもだけれど。
 この家が居心地いいのは、利便性とか、豪華さなんかじゃない。
 こうやって、最後に必ず救ってくれる感情が、あるからだ。
 ――先生に甘えるの、好きかもしれない、と、波は口の中で呟いた。