Home Sweet Home 75


 ドアの隙間からちらと見えた島はマスクをしていた。普通、マスクって風邪ひいた方がかけるんじゃないの……あれじゃまるで、細菌室に入る人みたい、と思いながら視線を下げると、トレーが突き出されてる。
 そのまま島はドアを閉めて説明のひと言も、1歩も部屋に入ることもなく出ていってしまったので、取り残されたような波のうえに微妙な無言が落ちる。諦めて、苦痛をこらえ起き上がると、波は扉の脇机に置かれた大きなそのトレーをぼんやりと眺めた。
 そこにはたくさんの物が乗っていた。色とりどりのペットボトルは、ビタミンジュースや緑茶、スポーツ飲料に水にと、とにかく色んな種類がある。これまた何種類も置かれた風邪薬の箱も新品で、錠剤やカプセル、漢方薬と店に売ってる種類全部買い占めたかのような揃いぶりだ。そして、その中に埋もれるように遠慮がちに置かれたふた付きのココット皿が、一番波の目に留まった。
 ご丁寧に用意されていたミトンでふたを開けると、中はお粥らしきものが入っていた。だがどうも普通のと違う。どちらかというとヨーグルトに近いようなどろっとした見た目で、梅干しとかおかかとかの具もないし、なにか甘い匂いがする。まるでお菓子のような香りなのだ。
(……菓子、)
 よいしょと重いトレーを持ち上げて、ベッド近くの机の上まで運んだ。
 食事も、薬も、飲み物も、全部欲しかった物だ。波はもう、迷うことも遠慮もなく、手にとる。
 小皿に移して、そのなんだかわからないお粥のようなものを口にする。
(…やっぱ、甘い。これ牛乳? けど、中に入ってるの、やっぱりお米な気がする)
 甘い牛乳で煮た米のように見えるが。なんだか良くわからずに、少し抵抗があったが、味自体は悪くないので食べた。いやむしろ、ほっとする味というか、優しくて、甘い米だと思うとどうにも日本人の血が騒ぐが、深く考えなければ美味しいかもしれない。
 それからたくさんの薬箱の中から今の自分の症状にあったものを選んで、スポーツドリンクを飲むと、息をついて改めて目の前の物を見やった。胃にものを入れ薬を飲んだことで少しだけ状況を見つめる余裕が出た。これは全て、島が用意してくれたものだろう、という。
 波の手が、ふらふらと彷徨う。
(本当にこういうやり方しかできないんだ)
 あんなにぶつくさ言って、部屋から出てくるなとか言って、結局は全部用意してくれて、それもこんなに馬鹿みたいな種類を用意して、おまけにお粥は適当なものじゃなくて、手作りなのだから――呆れる。きっと普通のお粥なんて作り方わからなくて、お菓子レシピから粥っぽいものを選んだのだろう。薬や飲み物もなにを用意していいかわからずに、なんというか、あたふたと風邪をひいた波のために準備してる島の顔が目に浮かんで、波の心をやるせなくさせる。口では感じ悪いことばっかりのくせに、本当は波を心配してたなんて。こんなに気遣ってくれるなんて。そんなの、普通じゃわからない。島と深く関わり合わなければ絶対に知ることのできない真実だ。
 そんな島を知ることができたことを、いいことと考えるべきかどうなのか、ぼんやりとした思考では捉えることができずに波は目を閉じた。胸の辺りをぎゅっとつかんでいないと、なにかが漏れでてしまいそうだった。