Home Sweet Home 70


 カップルばかりではあるものの人がいて、それなりの灯りがあって、うまいこと建物の陰に入れば多少の突風も防げる場所があるというのは、便利なものだ。
 他人はみな自分たちのことに夢中で、ひとりでうずくまっている波を気にする人間などいない。
 波は結局、駅にほど近いショッピングモールの広場に来て、今夜はここで過ごすことに決めていた。大きく移動するのは夜が明けてからの方がいい。
 以前は野宿などできないと決めつけていた。
 お金がなければ一歩も動けないと考えていた。
 でもそれは、多分自分がそう決めつけていただけだったのだ。
 なにもないと思えば、そこからだって出発はできる。働くことさえできれば、徐々に手に入るものだってある。
 島の家に全て置いてきたのは、無一文の自分に持ち出せる荷物などあるはずもなく、むしろすっきりさっぱりとゼロからの出発を迎えられるのは良いことだと思ったから。もちろん、後で働いてちゃんと全部返すつもりだ。
 じっと隅っこで固まるように座っていると、ちょっと眠たくなってくる。こんなところでも寝ようと思えば眠れるという証拠だろう。寒さを凌ぐためなるべく小さくなっていると、ブーンブーンと羽音のような振動が聞こえる。
「……」
 携帯だと気づくと、一瞬どうしようか迷った。音はすぐに切れたので、とりあえず手に取ってみると、メールが入っていた。波は軽い驚きを覚えた。相手は島しか考えられないのだが、島は携帯を買ってからメールを送ってきたことなど一度もなかった。少しだけ興味がわいて、文面を読んでみることにした。
 ――いまどこ
 まるで友達からの軽い待ち合わせみたいだ。島がこんなものを送ってきた姿を想像したらおかしかったが、同時に自分の居場所を気にしているのかと思うと、またわけのわからない不安がもたげてくる。
 そのままでいると、再び携帯が動いた。また島だった。文面も同じ。
 そうやって同じことが繰り返されて、徐々に波の不安は苛立ちのようなものに変わっていった。と、その時入ったメールの文が変わっていた。
 ――けいさつ
「!」
 慌てた波は、苛立ちのままに返信した。――お金なら返します
 すぐに携帯が鳴って、さっきまでの習慣でボタンを押すと、今度はメールではなく着信だったようで、通話がつながってしまっていた。
「――」
 どうしよう。のろのろと耳に当ててみる。無言のまま音を聞く。
『もしもし、幸嶋さん、そこにいるんでしょう』
 電話に出たのだ、当然だ。波は島の眉間のような皺を作ると、なおも無言のままただ聞く。
『今どこにいますか。いい加減に子供じみたことはやめて少しは大人になって下さい』
 カッと目が熱くなって、つかえを吐き出すように言い返した。
「あたしは――先生こそ、厄介払いするチャンスですよ」
 すると遠くから低いうなり声がして、島の冷たい、抑揚の薄い声がした。
『あなたは同じことを繰り返すのが趣味なんですか』
「なにが仰りたいんです」
『そんなに馬鹿だとは思いませんでした』
「――どうせ先生に比べたら、あたしなんか馬鹿の馬鹿乗くらい馬鹿です」
『どこにいるんです。僕ももう疲れました』
「……先生、もしかして外ですか?」