Home Sweet Home 7


 一瞬恐怖に落とされたものの、波はすぐにあげかけた声を引っ込めた。
 男――は波の知った人間だった。島智晴(しま ともはる)、30代独身。波の学科の准教授でこの1年近く彼の授業を受けている。頭はかなり切れるだろうがそれ以外のプライベートは全くの謎という、見た目だけだと教師らしからぬ教師、ようはイケメンだった。その容姿に誰でも2秒で恋するが、誰でも1秒で野望は打ち砕かれると専らの評判だ。理由は簡単。顔がやたらいいくせに、それをぶち壊すような無機質な返事をするから。そこからついたあだ名は『アンドロイド』。笑ったところを誰も見たことがないと言うし、冷たくて感じの悪い物言いにマゾヒズムを感じたら本物だとも聞く。だが意外にも男子学生にはそこまで受けが悪くないから、もしかすると女の子が嫌いなだけかもしれない。今流行りのおネェマンか? 波の頭の中で、知ってる限りのデータがコンピュータのように流れる。
「何をしているんですか」
 島の冷たい手が離れて、波はもう一度ひっ、と喉の奥で叫ぶ。島は動じた様子もなく、細いフレームの眼鏡の奥から冷たく波を見据えている。シチュエーションが違えばこんな男と2人きり、人生薔薇色のクリスマスだっただろう。だが――あたしは顔の綺麗な男が嫌いだ――だからやっぱり最悪だ。親友とくっついた学校一頭のいいバカ男が無性にムカツクのも、そいつの顔が王子様みたいなせいだった。目の前にいる人の顔も、王子様タイプではないが、どんなに割り引いてもグッドルッキングガイだった。波は以前この准教授とやり合ったことを思い出して、自然としかめ面になった。島はかなりのへんこつで、裏の裏まで回答を用意しないと納得しない面倒なタイプである。この人にどう説明すれば理解してもらえるだろう?
「何を、して、いるんで――」
「すいません! あたし家が燃えちゃったんです!!」
 相手が宇宙人だと思ってでもいるように、島は何度でも全く同じことを言おうとするので、やけくそになった波はざっくばらんに説明した。波の言葉に驚いたのか驚かなかったのか、島は言いかけた口をそのままの形で、視線を波の戦利品に這わせた。
「これはその、買い物に行っていて――ど、泥棒にも入られたんです。それであたし寝るところもなくて無一文になったので」
「それで、ここに泊まろうとしたんですか」
 島はやっぱり動じてなくて、軽蔑の表情でそう言っただけだった。鬼か。普通こういう時って驚いたり大丈夫かと訊くもんじゃないの? 表情に人間味の欠片もないだけに余計きつく感じられて、波はまともにその視線を受けられなかった。
「ここは無料宿泊所じゃありませんよ」
「わかっていますが――お金もなくて…」

「あなたはバカなんですか?」