Home Sweet Home 69


 電話は放っておくと鳴り続けている。
 恐ろしいようなばかりの心持ちで、波はじっと携帯を眺めていた。
 そのうち着信は止まって、知らずつめていた息がこぼれた。
「……」
 自分がなにをしたいのかまるでわからなくなっている。
 島がなんと言うにせよ、電話に出ないなど無駄な行為だとわかっているのに。
 波が見続けていると、携帯は再び着信を告げた。
 それは数回繰り返されて、島が必死に波をどうにかしようとしてるように思えた。
 それすらも見過ごしていると、やがて止まり、なんの反応も示さなくなる。
 諦めたのだろう。
 そう思ったら、安堵と同時にやりきれないような気持ちが全身を支配した。
 自分で出ないでおいて、相手が諦めたと言う。なんて勝手でわがままで傲慢な行為だろうと詰りたくなる。情動のままに動いて後悔もできないことをしでかすなど、かつて波にはなかった。こんなにわけのわからないことをしてる自分がまるで別人のようで、わずかばかり戻った理性のようなものが、溜め息をこぼさせた。
 だけど。
 たまには、このわけのわからない感情に任せてみるのも面白いかもしれない。
 疲れた体をぐいと立ち上げて、波はぼうっと周囲を見渡す。
 昼の客から何回転も入れ替わって、今はもう夜ご飯を食べにきた家族連れでいっぱいになっている。ますますひとりでノートを広げている波の姿が滑稽に見えてるだろう。屈するつもりもないが、今日の気分では駄目だと荷物をまとめ、レシートを持って出入り口に向かった。そうすると、なぜだか自分が決意を固めた強い人間に思えてきた。
 扉が開いた途端、横から吹く風がしみた。思わず立ち止まって風をやり過ごす。それからよし、と小さく呟いて、歩き出した。幸い食欲はなかったので、思いつくままにぶらぶらと歩いた。店内で温まっていた体はもう手先から冷たくなっていて、関節が軋んで痛い。だがその痛みのお陰でちょっとだけ気持ちが落ち着いたようだ。波はおもむろに携帯を取り出し、たった1つだけ登録されているアドレスにメールを打ち始めた。
 端的で簡潔な文章は、島の好みとするところだろう。
 打ち終えてポケットにしまうと、もうこれで肚は決まったという心持ちになる。
 最初からこうすれば良かったんだ。
 自分で後がないようにすれば、勝手に前へ進む。それだけのことだった。
 真っ直ぐ見据えた先には街灯がある。暗くて困ることなんてない。
 波は島にただ一文を送った。

 ――お世話になりました。出て行きます。

 とだけ。