Home Sweet Home 67


 あそこは島の家で島の言葉に従わないとならないことは重々承知している。そのことまでも悲しいとは思わない。だがお金を出された。島は波と同じようには感じていなかったし、やっぱり邪魔でしかないってことだった。わかっていながらもどこかいじけている。それ以上を望んでいる自分がいることがいやだ。
 最悪。あれほど慣れてはいけない。甘えてはいけないと決めてきたことがここへきて簡単に脆く崩れている。恐れが現実となった。どこだって元よりはいいはずだった。あの失った部屋こそが波の全てだった。でも島は忘れろと言った。前を見ろと。そんな風に甘やかしておいて突き放されて、弱い自分は参ってしまう。どこかに居場所を見つけて腰を落ち着けたいと願っているのを知っているのに、あんなすごいものを提供されてしまったら、もうどうにもできない。それが人情ってものだろう。
(甘えるな)
 波は無理に叱咤した。
 駄目だ。本来が島の家にいるべきではないのだ。己の帰るべき場所じゃない。今が奇跡的なものであって、家がない自分が現実である。人情なんかじゃない。単なる甘え。あたしのは逃げてるだけ。
 もっと現実に向き合おう。島には島の生活があって、もしかしたら、今日のことも島が1人になりたくて嘘を吐いたと考えられなくもないし、今頃元の生活を満喫して快適に過ごしているかもしれない。きっとひとりだった時の自由な感覚を取り戻し、楽しんでいる……。
(…楽しんで)
 ようやく波は気がついた。島は楽しんでいる。当たり前のことだった。
 干渉しあわないとはいえ他人がいれば自然に気を遣うこともあるし、なにをするにもお互い「お断り」をいれなくてはならない。自由な生活を突然壊されたら誰だって嫌気がさす。たった1日でもいいから元に戻りたいと願う。お金を払ってでも自分の好きに振舞える時間を買おうと思う。
 あたしだって、実家にいた頃は息が詰まる、家を出たいと何度も思った。それと同じだったんだ。
 急に、もう島から連絡は来ないのではないかという気がしてきた。
 急速な不安に、落ち着きなくなった。
 あの日以来、帰る所を失うという恐怖がつきまとっている。
 幸か不幸か与えられている部屋から、いつ、なん時、島がうんざりして波を追い出すとも知れない。実はそうなってもおかしくないと思っている。
 そうであっても、文句は言えない。わかっているはずだった。
 その自覚が足りないのはあたしが悪い。本当はこのまま消えた方がいいのかもしれない。それに目をつむっているのは――。
 波の中でゆっくりと錘(おも)りのように沈んでいく。
 日が暮れて、席を立って帰ってゆく人たちを目にすると、波はそっと唇をつぐんだ。
 もう何杯目かもわからないコーヒーは冷めていて、同じように冷めた店員の視線と、クリスマスイブイブの日に引きずって歩き回った重い足取りが甦り体にのしかかってる。

 あたしは家が欲しいんだろうか。