Home Sweet Home 62


 下手すると今すぐ追い出されるかもしれなかった。自分は熱い方ではないつもりだが、あまりにも間違っていることをみすみす許せるほど優しくはないのだ。ただそれを口に出してしまったのは、島がなにも言わずにじっと耐えてる姿に腹が立ったせいだった。
 その点ちょっと失敗したかもしれない。でも言ってしまった言葉は取り返せないし、本音だから仕方ない。そうなったらそうなったで諦めようと腹をくくった。
 だから迷うことなく、律を見返した。
 ……律はしばし無言だったが、いささかきりりとした声音で告げた。
「波さんは随分智晴のこと買ってくれてるようだけど」
 …ごくり。
「本当に、智晴と付き合ってるとか肉体関係があるとかじゃないの」
 波はその見えない気迫に唾を飲んだ。
 あ、言った。この人はっきり『肉体関係』なんてことまで言った。
 それだけ律という女性がはっきりした人間であると告げていた。
「――ありません」
 きっぱりと返事する。
 第一、島にはすでに心の中で大切に想っている人が――
「じゃ智晴のことが好きなの」
「あのですね。好きとか好きじゃないとか男女関係があるとかないとか、関係ないと思うんですけど」
「あるわよ。でなきゃ智晴なんかをかばうわけないわ。それとも言い出せないだけ?」
「さっきも言いましたけど、お姉さんがそんな風に歯に衣着せず口に出されてしまったら、先生も彼女さんも恥ずかしくていたたまれないと思います。どうしてそんなこと仰るんですか」
「だって誰だっていい選択をしたいに決まってるでしょう。私はそれを教えてあげてるの」
「いい選択かどうかなんて、お姉さんが決めることじゃなくて、本人が決めることです」
「そもそも智晴が奥手だから悪いのよ。こっちだって心配するじゃない」
「奥手かどうかも端から見てるだけじゃわからないし、もしかしたらムッツリってこともあるし、奥手でなにが悪いんです。出会ってその日に寝たがる男なんかのどこが魅力的なんですか」
「あなたは出会って数ヶ月も経つのに手も出さない男がいいというの?」
「スるとかシないとか本人同士の感覚であって、他人が善し悪しを決めることがいいとは思えません」
「智晴さんは私にしたら男らしさが足りないと思うわ」
「先生はお姉さんの恋人ですか」
「もちろん違うわ。だって姉だもの」
「お姉さんの恋人じゃないのに、先生に男らしさなんて求める意味がどこにあるんですか」
「それは、弟のためを思ってに決まってるじゃない。さっきからそう言ってるでしょう」
「お姉さん! 先生が男らしくないなんて言わないでください。お姉さんのためにお菓子作りを覚えて、お姉さんの言うこと黙って耐えて聞いてるのはある意味充分男らしいと思いますよ。それってつまり――」
「もういい!」
 突然割って入った島が、珍しく頬を染めて怒り気味に立ち上がっていた。
 だがその口は苦しげにわなないていた。
「もういい、やめてください2人とも。とにかく姉さんはもう帰ってください。幸嶋さんも、僕の家族の問題にこれ以上口を出してくれなくて結構」
「智晴さん!」
「帰ってくださいあなたたちの言動は不愉快だ。僕の内側をこれ以上荒らされるのはもう沢山だ!」
 波はその言葉にハッと胸が掬(すく)われた。律も驚いた表情で島を見上げていた。