Home Sweet Home 6


(明日からどうやって生きていこう…)
 まるで絵に描いたようにびゅるると北風が吹きつける。亡羊としそうな頭を無理やり動かして、今自分に何が出来るのか、何をしたらいいのかをもう一度考えた。ああ、こんなことなら買い物しなければよかった。神様ごめんなさい、独りの方が楽しいなんて言ったあたしが嘘吐きでした。本当はちょっと悔しいです。このままで生きていく自信なんてありません。かつて一度も信じたことのない神に謝り、ホームレス姿の自分を想像して眉をしかめる。絶対いやだ。あたしには住む場所が必要なのよ! どうしたらいい!?
 考えれば考えるほどわけがわからなくなって混乱してくる。
「せめて今日寝るところだけでも確保しなくちゃ…」
 野宿する勇気も気力もない。
 悔しさとないまぜになって、滝のように気分が下降していく。もう警察に保護してもらうしかないのか。両手に重い荷物を持つ様がまるで子供と手をつないで家を飛び出した母親さながらで、惨めな気分に打ちひしがれる。どっと疲れが出て、体の動きがどんどん鈍っていく。
 泊まるところ、泊まるところ…ブツブツと唱えながら、仕方なしに足を交互に出す。夕方くらいまでは気分がほかほかしていたのに。今はもうどんよりと冷たく重いものがのしかかって暗い。電車に乗ったところで行く当てはない。けれどどこかには移動しなければ。風で頬を冷たくしながら、波はとぼとぼと駅へと向かって数少ない財産である定期を出した。これがあって良かった。少なくともこの定期の範囲内は動けるのだ。と、波の頭にある場所が思い浮かんだ。

 …そうだ、そうよ、学校に行けばいいんだ!

 はっと思いつくと、もうそれしかないように思える。どうして思いつかなかったんだろう。波は一筋の光明が射した思いで、学校に向かい始めた。
 背に腹はかえられないよね。今日買ったコートを布団代わりに、適当に教室で寝よ。1年で文系の波には、研究室などがないため教室しか思い浮かばなかった。サークルにも入っていない。食べ物はコンビニで取り敢えずなんか買って、明日のことは明日考えよう。だってあたし緊急事態なんだもん、誰にも責めることなんてできないわよ。波は1人言い訳をする。
 とにかく寒さと空腹と疲労とでさすがの彼女もネタ切れだった。真冬の最中不幸の真っ只中に放り出されたら誰だって思考回路は最低になる。戦利品も色あせて、北風に冷えた重たいシャンパンじゃなくあったかいお茶が飲みたいなあと知らずに呟いていた。向かい風によろめきながら一歩歩くごとに悔しさと沈む気持ちに襲われ、唯一の所有物となってしまった重い荷物が腹立たしくも愛おしくも疲れた心身に響いた。



 1時間もかけてついた校舎は当然暗く、普段見るのとは違ってとても恐ろしい。
 実験で寝泊りしてる学生もいるから、身分証を見せれば構内自体は出入りが簡単だった。手近な校舎に入る扉をそっと開ける。そろりそろりと1階の廊下を進み長椅子が一番柔らかい教室を目指すと、どんな小さな足音も響いて、暗い廊下の奥やあちこちの部屋の中から何か出てきそうだ。さすがの波も震えがくる。
 窓の外で吹きすさぶ冷たい風の音が聞こえる。
 がたがたと校舎を揺らし、広い底冷えのする建物の中へとどこからかすり抜けていく。
 多少居残っていたことはあっても、夜に押しかけたことのない者にとって、誰一人いない学校は不気味だ。非常灯と窓の外からの灯りがあるだけで、あとは闇に近い。自然、一歩が小さくなり、近いはずの教室が遠く感じられる。
 バタン
 遠くで変な音がしたような気がして、波の心臓ははねあがった。
 空耳空耳と念じながら壁を背にするように進む。妙な音はもう聞こえない。ようやく見えた部屋に少し安堵した反面、同じように暗い部屋の戸の中からも、妙な気配を感じて足がすくんでいる。
 もうこれ以上は重い荷物を持って歩けないんだから。
 荷物を置いた手で、ゆっくりと戸を横に引こうとした時だった。

「何をしているんですか」
「ひっ――――――」

 男の顔が見えたかと思ったら、叫ぼうとした口を冷たい手で塞がれていた。