Home Sweet Home 59


 話はとりあえず部屋に入ってから、とどうにか中に押し込んで、島と2人一緒になって関係を否定し、疑わしげながらもふーんと一応解放されるまでには随分時間がかかった。波は、ひどく疲労を感じながらも家政婦と言った手前お茶を淹れようとキッチンに立つと、すぐに律によって止められた。3人はようやくリビングに腰をおろしている。
「駄目よ幸嶋さん。智晴さんにやらせて」
「いえ、でも」
「私、智晴さん以外のお茶は飲みたくないの」
「……」
 それは島の茶が好きだという意味なのか、波の淹れた茶など飲みたくないという意味なのか……。律のひと睨みで黙ってお茶を用意し始めた島を不安げに見るが、島は無表情のままだ。律が早くお座りなさいとソファを叩くので、波は仕方なくソファに腰掛けて従うことにした。島も無言でキッチンに立った。
 波ひとりの時も、島はお菓子を振舞うのにお茶も一緒に用意してくれてるので、いつも通りと言えなくはないのだが、なんとなく心苦しいように感じるのは律のなせるわざだろうか。
「で、幸嶋さん」
「は、はい」
 ぐるりと振り向かれて、さすがの波もどきりと居住まいを正した。
「智晴さんと付き合ってないって、どういうことなのかしら。あなたここに出入りしてるような口ぶりだったわよね。家政婦ってなに? 智晴さんにどんな借りを作ったの。まさか智晴さんが無理やり作った貸しじゃあないわよね?」
「そういうのではありません」
「じゃああなたが智晴さんに近づきたいとか? 無理やり迫ってるの?」
「とんでもない! どうしてあたしが」
「だってあの子、私にもこの家の出入りを許可しないのよ。姉である私に対してよ? だから私は智晴さんがいる時しかここに入れないのに、どうして他人であるあなたはいいわけ」
 そんなこと聞かれたってこっちが知りたい。だが確かにこんな姉にしょっちゅう家を出入りされたんではたまらないだろう。というか、この人は島のいないところでも出入りしたいのか? なんのために。玄関の内側にぴんぽんがあるような田舎の年寄りならともかく、どこにでも鍵がついてるような高級マンションに住む弟は、もうすでにいい大人で、誰の手助けもなく暮らしているのではなかったのか。
「……一応、あたしは先生のいらっしゃらないところで好き勝手してるつもりはないですけど…」
「じゃ、私があなたの借りを肩代わりしたら、いいのかしら。私には智晴さんの生活をチェックする義務があるから」
「いえ、それもちょっと困ります」
「どうして?」
「どうしてと言われましても」
 時を同じくして紅茶をトレーで運んできた島は、無言で律の前にカップを差し出す。
「ねえ智晴さん。あなた幸嶋さんのことはどう思っているの」
「どうとは」
「付き合う気はあるのかってことよ」
「ただの学生です」
「ただの学生に弱みをつかまれて困っているの?」
「違います」
「じゃ、どうしてこの子をすんなり許してるのよ。姉の私を差し置いて、赤の他人を優先させるのは、何か意図があるの」
「別に」
 短く淡々と答える島の顔は、普段以上に無機質に固まっていた。辛うじて言葉を控えてはいるが、波はこれが本当に実の姉弟の間で交わされている会話なのかと信じられない心持ちでいる。島は慣れているのか、茶器を置くと律をかわすようにキッチンへと引いた。強い視線でその後ろ背を追った律は、ぐるりと波に向いて、頼みもしないことをぺらぺらと言い始めた。