Home Sweet Home 58


「智晴さんについてくるなんて奇跡だわ! 余程奇特な女性よ、どこで見つけてきたの」
「違います、彼女はそんなんではなく――その、学生で」
「学生!? どうりで若いと思った。あなたにそんな度胸があるとはねえ。彼女とはもう既成事実はあるの、それともこれからなのをお邪魔したかしら? 実家にも帰ってこないあなたがお正月から女の子を家にあげてるなんて、まあ随分立派だこと。もし彼女のこと本気だっていうなら私がとっておきのシャンパンでも買ってきてあげるけど」
 島みたいな減らず口に口を挟む隙を与えない一方的な物言いができるなんて、そっちこそ奇跡だ。だがお姉さんの言葉を聞くうちに波は眉間を寄せていかざるを得なかった。言い方が微妙に島に似ているというか、いや島よりも質が悪い。おまけに姉とは言え、島の事情に勝手に解釈を与えそれを第三者にまで聞かせてしまうところはもっと頂けない。これで波と島の間にもし本当の恋愛があったなら、確実に別れるだろう。しかもこの人は間になんと言った? 既成事実とか言わなかったか…
「若いって怖いもの知らずって本当ね。ねえあなた本当に智晴のこと好きなの? 成績目当てとかでなく?」
 島のお姉さんという人に、激しい目眩がした。
「学生の女の子となんて――それって、自分の学校の生徒ってことよね。あら! ちょっと、え、大丈夫なんでしょうね。うちに迷惑かけないでよ。知ってると思うけど、私の夫の仕事は――あ、待って。今日ここに揃って来たってことはもしかして、こちらの彼女さんはもうそれなりの関係ってことよ! つまり結婚を前提としてるってことよ。そうに決まってるわ! それなら問題ないわよね! ちゃんと説明してちょうだいよびっくりするでしょう。そうだ智晴さん、若い女の子は結婚に無駄な憧れを持ってるのよ。だからちゃんとお付き合いするならばそれなりの覚悟をしなくちゃ駄目よ。でないと一生恨まれるわよ。彼女ずいぶん年違うんだし、頑張らないと。夫婦生活で大切なのはね――」
「待ってください! 待ってください! あたし、先生の恋人なんかじゃありません、先生の話、聞いてあげてください!!」
 ぴたり、と話がやんだ。
 波は少し恥ずかしいような気持ちになりながら、頭を下げた。
「幸嶋波と申します。島先生には大変お世話になっていて――その、決して彼女でもないですし、先生があたしに手を出したりなんてことは一切ありませんから。あたしは…あたしは、先生の家政婦みたいな者です」
「幸嶋さん」
 ようやく言葉を発した島は、ひどく不愉快そうな顔をした。
「家政婦だなんて」
「違いますか? あの、先生のお姉さん。あたし、色々な事情で困っていたところを先生に助けて頂いたんです。ちょっとご相談に乗って頂いたりお世話になったりはしましたが、決して疚しいことはなにもありません。今はなにもできないので労働力でお返ししてただけであって、とにかくそういう関係ではありませんから。本当にご迷惑おかけして申し訳ありませんでした」
「労働力って、なに? 体?」
「違います! 掃除とか料理とか、そういう意味です!」
「……」
 波に差し向ける島の姉の目は厳しいように見えた。蛇に睨まれたみたいに身をすくめた波は、それでも目を逸らさなかった。必死で訴えるように見た。すると。
「…そう。私の勝手な早とちりだったのね、つまんないの。私は、智晴の姉の藤堂律(とうどう りつ)です。どうぞ宜しく幸嶋さん」
 さっきまでの恐ろしい会話とは打って変わって穏やかな様子で律は片手を差し出したから、波はホッとして握手を返せばいいのかなとその手を握った。しかし。
「捕まえた」
「ひっっ」
「ここで見つけたからには全て正直に話して頂きますからね」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 握った手を強く強く握られて、波は再び、激しい目眩を覚えたのだった。