Home Sweet Home 56


 ああもう面倒くさいな、と思いつつも、先生と呼ぶのを訂正して、波はその手をさらに押さえた。島がびくりと揺れる。
「どうして物事を素直に捉えないんです? いいじゃないですか。あたしが大吉だって言ったんだから、大吉で。こんなおみくじ1つで人生決まるわけじゃないし、どうしてそんな不合理な文句をつけるんです」
「つまりは大凶だったってことですね」
「そんなこと言ってませんよ。それとも大吉が怖いんですか。自分の運が信じられないとでも?」
「僕が大吉を奪ったら――あなたが大凶になってしまうじゃないですか」
 波ははっと息を呑んだ。
「だから引きたくなかったんだ。僕は昔からくじ運が悪いんだ。大凶を引いてせっかくの大吉を台無しにする必要なんかなかったんです」
 ――ほら、まただ。
 波は言葉をすぐに継げなくなってる自分に、変な気持ちになる。島の苦々しげな表情が別のものに見えてきた。もやもやと違った人相が表立ってくる。
「違いますよ、先生」
 もう訂正することも忘れて、波はとつとつと胸の裡を述べた。きっとその方がいいような気がした。
「先生が例え大凶を引いたとしても、半分こすればいいじゃないですか。運は独り占めせずに、分けてあげれば。悪い方は良い方が補ってあげればいいんです。悪い方が良い方を駆逐できたら、世の中悪いことしか起きないですよ。でもあたしの去年の悪運は、先生が助けてくれたでしょう?」
 島は黙ったまま視線をきょろきょろと動かした。まったく、いい年こいて子供なんだなあと波は心の中で密かに笑いながら、どうだと言うようにじっと見上げた。再び押さえつけている手を強くする。島は途端にぱっと両腕を引いて、波の手から逃げた。眼鏡の奥が怒ったように尖っていたが、波には照れているんじゃないかと思えた。
「…帰ります」
「はーい」
 正面切ると怒るから、忍び笑った。10以上も年上のくせに、18の波にいいようにあしらわれてる。言葉も表情も態度も冷たいくせに、一部では臆病で子供のような人間なのだ。
 それでもやはり、島は大人で、波なんかの考えもつかないところを彷徨っているのだろう。
(またご飯作りすぎたと言ったら、先生はどんな風に答えるだろう?)
 島は波が食事を作ることを考えてか、出かける前にコンシェルジュに食材を頼んでおいてくれていた。別に自分で買ってくるからいいと言ったのに、島は人の勝手だみたいな言い方で、わざとらしくお菓子作りの材料チェックなんかしてた。そういう相手なのだ。だから波は、島の言葉を最後まで聞かねばならない。ただ額面通り受け取るだけではきっとこの人のことは理解できない。
 ゆっくりでいいから、相手の言葉を理解してみようかな。
 ところが、呑気な考えが吹っ飛ぶようなことが、帰った2人に待ち構えていた。