Home Sweet Home 52


 かけられた声に島もビックリしたように波を見て、ハッと自分のなりを顧みた。
 3日前から着っぱなしのまま居眠りしたような皺だらけの服に、ちょっと伸びた髭。疲労の色濃い顔には、うっすらと寝跡が見え、髪もぼさぼさだ。
「うわ…別人…」
 見たことないような島のなりに、むしろちょっぴり感動したが。
「しまった。あなたがいたことを、すっかり忘れていました」
「えええええっ」
 どんだけっ!? あまりの忘れっぷりにあんぐりとする。
 島は怒ったようにあーとかうーとか言ってるが、多分恥ずかしいと思っているのだろう。
 アンドロイドも人間だった。この人は夢中になると本当になにもかも忘れてしまうらしい。寝食を忘れるとは言うが、同居人の存在まで忘れてしまうなんて初耳であった。波はこれは大変だと慌てて「先生、ちゃんとご飯召し上がりました?」と尋ねる。島はもごもごと返答した。
「買い置きしてますから」
「それならいいですけど…」
 買い置きなんてろくなモンじゃないに決まってる。波は折角の年末だしと思い切って訊いてみた。
「あの…先生は今日、ご実家に帰ったりされます?」
「その予定はありません。ああ、この格好はすぐに整えてきますから。それより、幸嶋さんあなたはちゃんと食事してるんですか」
「は?」
「僕が食べに出てこないからって、食べるの忘れたりしてないでしょうね」
「そ……」
 言葉を失う。
「…どうなんですか」
「くっ」
「?」
「ふっ」
「??」
「フッフッフ…アハハハハハハ!」
「!?」
 気付いたら笑い出していた。波はなんだかもう涙が出るほどおかしくて、訝る島を放置して笑い続けた。こんなに笑ったのは久しぶりじゃないだろうか。腹筋が痛い。
「すい、スイマセン…だって先生、あたしがご飯食べるの忘れてないか、だなんて。先生と一緒にしないで下さいよ! クックック」
 憮然とする島に、自然に言葉をかける。
「先生。今日くらいは一緒に年越ししませんか? あたし、おそば茹でるところだったんです」
 波がまだくすくす笑っているのを見て、しかめ面の島はちょっと眉間の皺を深くした。波には島が赤面したように見えた。島は落ち着きなくボサボサの後ろ頭を撫でると、だが珍しく自分から要求した。
「カモナン」
 一瞬なにを言われたのかわからず、ぽかんとする。
「…鴨南蛮がいい」
「それ美味しそう! 先生ナイス」
 ついタメ口になって波は口を押さえた。
「あーえーとあの、すいません。鴨南だったら嬉しいなあとかって本音が…」
「そうですか。では出前頼んでおきます」
 すぐに動こうとする島を素早く止める。
「ねえ先生、どうせだったら作りましょうよ。この時間に出前頼んでもきっと遅くなるし、鴨だけ手に入れば、あたしおそばいっぱい用意しちゃったから、沢山食べられますよ。お鍋で食べましょう」
「鍋…?」
 島はジロっと見る。
「お鍋にだし汁を張って、いっぱい鴨と葱を茹でて、おそばを入れて食べるんです。寒いし、お鍋仕立てにしたら美味しそうじゃないですか」
「ふうん…」
「なんか楽しくなってきた。あたし、鴨買ってきます!」
「あ、ちょっと、幸嶋さん!」
 止めるのも聞かず、波は家を飛び出していた。