Home Sweet Home 49


 なんとなく気恥ずかしかった波は、島のマンションに戻ってきても落ち着かないままだった。
 諦めがついたことで幾分すっきりして、前向きな気持ちには変わっていたのであるが、対外的には――おもに島に対しては、自分ばっかり怒ったり落ち込んだりして嫌だなあと思っていたせいだ。島は別段気にした風もなく無表情のままであったが、こちらとしては昨日家族の話をしたこともあり、普段通りというわけにもいかない。
 一緒にアパートに行ったことは、思いもかけず、島という人間を改めて見つめ直す機会を与えられたに等しい。
 島は普段あんなだし、言うことは皮肉な嫌味っぽいことばかりだが、でも時々その心根を感じると、表面的なこととのギャップに驚いて、波の中で島の表情のない顔が消え、見分けのつかないぼんやりとしたものに隠れるのがこれまでだった。それが今日は、新しい顔が見えた気がしたのだ。
 その顔は、予想外に優しくて、繊細な感情に縁取られていた。
 顔が見えた分、なんだか島という人間がもっとよくわからなくなった。
 ――わからなくて、当たり前だ。
 もうひと月も経ったような心情だが、実際はようやく一週間になろうかというほどで、そんな程度で島の全部が見えたりなんかはしないのだと反省する。底が見えたと思った島だったが、それは島の子供っぽい一面だけで、やはり全体像はまだまだ遠い。
 ふうと大きく息をついて、波は家の中を見渡す。
 もうあと数日で新年を迎えるが、普段から綺麗に掃除し過ぎて片付けるところのない島邸は、大掃除の必要もなく、電源を消して歩く以外なにもすることがない。ちょっぴり花の水替えや手入れをするくらいだろう。正確にはパセリを活けるよりはと勘違いしたままの島が頼んでる花だ。考えてみたらそれも島の優しさなのかもしれない。ちょんと開いたばかりの花弁をつついて物思いにふける。淡い色の花弁が揺れる。
 年末は帰らないと言っていたようだが、どうするのだろう。
 もし島が本当に残るというのならそれは自由だが、それならそれで一緒に年を越すわけで、ちゃんとしなきゃかな、などと珍しくも殊勝なことを考える。どうも思った以上に世話になっていることを知ってしまい、少しく後ろめたい気持ちになったらしい。うだうだ悩んでいたが、ひとりで考えてても埒もあかないと、気分転換も兼ねて、わざとお昼を2人分作ることにした。こんなことは初めてである。
「先生」
 出来上がってから、島の部屋に声をかけてみる。ほどなく、島が出てきた。が、開いたドアの隙間は15センチほどであった。波はこじ開けたい衝動を我慢して、作り笑いで嘘を言った。
「すみません。ご飯作り過ぎちゃったんで、良かったら召し上がりませんか?」
 島は引きこもりの人みたいに狭い隙間から波を窺うと、チラッと机の方を振り返った。どうしようか迷っている様子である。
「作り過ぎ、ですか」
「はい。ちょっとぼんやりしてて。パスタ茹ですぎちゃったので…麺はさすがに取っておけないし」
「……」
「ご迷惑でしたら、別に…」
「頂きましょう」
 島に断られると思ったら急に不安になったが、無事食べてくれることになってホッとひと息ついた。島はいったん部屋の奥に戻ってなにかすると、今度は大きく扉を開いてすぐにリビングに出てきた。波も急いで準備する。
 ご飯も迷うくらいのやらなくちゃならないことがあったのに、アパートについて来たんだ。やっぱり気遣ってくれてたのかなあとぼんやり感じながら、そういえば普段島はケータリングばかりで料理していないけれど、いったいいつ食べてるのだろうと思うに至った。
 生活パターンが決まってからは波は波で勝手に食べていたし、島のことに関与しないようにしていたが、島がダイニングで食べている姿を見ることはなかった。まだ波も出かけることが多く、大抵自分が食べる時は食べ終えているものと思っていたが…。
 実は島の生活についても、表面的なことしか理解していなかったのだと、いまさらながらに気づかされた。