Home Sweet Home 46


「続けて」
「でも」
「続けて下さい」
 島は波を見ぬまま、いつもと変わらぬ声音で言った。
 波はしばし迷ってから、
「…そうですか…」
 お酒のせいか、島もなんとなく興味を持ったのだろう。お酒を飲んでいれば、島も聞いたことを忘れてしまうかもしれない。
 息をそっと吐き出して、続きを音に乗せる。
「あたしも、さすがに諦めるしかないって覚悟しました。でもあたし、本当に本当に大学行きたかった。反発する気持ちもあったのかも。自分の力で誰にも迷惑かけないで行けば、いいんじゃないかって思ったりもしました。親のお金を当てにしないで、自力でなら、文句ないだろうって。
 けど、姉が我慢して、働いてお金を入れてるのに、自分だけ学校行くなんてずるいとも思いました。どうしよう、どうしようって迷いました。
 父はとにかく大学に興味なかったけど、でも母は違いました。あたしの気持ちわかってくれて、ごめんね、でも可能性を諦めないでって言ってくれたんです。自分のせいで姉を我慢させたこと、すごく悔いてるみたいで。いつも謝ってました。そして、もしかしたら行けるようになるかもしれないから、絶対諦めずに、大学進学準備をしなさいって。
 あたし、その言葉だけを頼りに、バイトして、勉強して。なにかわからないけど可能性があるんだって期待して。そしたら、そしたら」
 今度ははっきりと震えていた。波はおろおろとして怯えたような表情を見せると、ああと言いながらいきなり立ち上がった。
「ごめんなさい! なんか酔いが回ってきちゃいました。もう寝ようかな」
「幸嶋さん」
「おやすみなさい――」
「ちゃんと話しなさい」
「だってこんな」
「話しなさい」
「せ――」
「お母様、お亡くなりになったのですか」
 ずばり言い当てられて、波は言葉を失った。
 日常生活も満足に送れないくせに、勝手なところだけすぐに気付いたりして――波は苦笑する。
「あたし、保険金なんて大嫌いです」
「…」
「それまでの入院費用とか手術代とか色々あったから、殆ど残らなかったみたいですけどね。でもそんなお金、あたしはいらなかった。命と引き換えのお金なんて、欲しくなかった。だから自力で頑張った。それだけです。先生。それだけ。つまらない話。…あたしが言うのもなんですけど、帰った方がいいですよ。孝行できるうちにしとかないと」
 明るい波の声と対照的に、島は難しい顔のままでいる。
「でも、僕がいない間、あなたはどうするんですか」
「あたしは1人で勉強でもしてますし。もしこの家を預けるのが不安だったら、その間くらいはなんとかします」
「そんなことは気にしませんが」
「あたし、明日アパートの自分の部屋に行かなくっちゃ。午後から雨だっていうし、ようやっと持ち出しの許可出たんですよ。破損品のチェックももう少しで終わるし、午前中のうちに色々調べないとならないので、もう寝ますね」
 妙に気恥ずかしくて気まずくて逃げるように告げたのに、島は常と変わらぬ様子でただ言った。
「僕も行きましょう」
「先生も?」
「一緒に行きます」
「…でも…」
「あなたがどんな暮らしをしていたのか、興味がある」
 島はそう言うと、ではおやすみなさいと囁くように部屋を出て行った。
 波はなんとも言えない気持ちのまま、その後ろ背を見送った。