Home Sweet Home 45


 島のそぶりはよそよそしいのにどこか居心地よく感じながら、波も視線を遠のける。
「はい」
「あなたの気持ちが少しだけわかる」
「あたしの気持ち…」
 島は再びグラスを口にした。
「あなたのご実家が、あなたの学問を認めない。その理由はわかりませんが、実家に帰ることを拒むその気持ちは、わかる」
「……」
 波はなんだか急に胸が苦しくなった。
 島が、自分の気持ちを理解しているという。
 そんなこと予想だにしていなかったが、島にも苦しい事情があるというのか。
 一見冷酷で、その実どうしようもない抜け作の島に。
 波にはそれが本当のこととは聞こえなかったが、島は続ける。
「僕の実家は…大変贅沢なのでしょう。僕は恵まれている。そのことに不満も不足もありません。感謝しています。彼らは僕を大切にしてくれる。けれどそのことが…」
「先生」
 波は遮った。
 その先を聞くのが怖かったのだ。
 波はおもむろに、自分の話を始めた。
「先生、あたしの話、聞いて下さいますか」
「…どうぞ」
 波の非礼を責めもせず、島は眼鏡の奥でゆっくり瞬いた。
 波はちょっぴり舌を潤すと、そっと語り始めた。
「あたしの家は、先生とは逆。こういう言い方はどうかと思いますけど、貧しい部類に入るのかなあと思います。不自由と感じたりしたことはないですよ。家族みんなお腹いっぱいご飯を食べて住むところもあるし寝るところもあるし。でも、父親は冬には出稼ぎに出たりしないといけない暮らしで、お金持ちが羨ましいなんて思いたくないけど、色々我慢することもあったのかな、っていうくらい。
 あたし、3人姉妹なんです。3人とも勉強は良く出来たと思います。全員真面目だから。でも3人を高校と大学に通わせる学費は、やっぱり親にとって厳しかったんです。高校まではどうにか出してもらえる話でした。でも大学となると簡単じゃないようでした。そうして姉が大学受験をどうするか迷い始めた頃…」
 波はそこでぐっと手の中のグラスを握りしめた。
 正直なんでこんな話を始めたのかわからない。
 島に聞かせることでもない。親友にも話したことのない、自分の家族しか知らない事情だ。
 どうでもいいことだと思う。つまらない話だとも。
 けれどお酒のせいか、島がさっきあんなことを口にしたせいか。
 波はふと、零すように胸のうちを漏らしていた。
「母が、病気で倒れて、とっても沢山入院費が必要になって」
「…」
「父は、もともと女に高等教育は必要ないっていう考えの人だったから。今時それってビックリしますよね。何時代? とかって呆れちゃいますよ。そこまで頑張らなくても、適当に幸せになればいい、って。本人の意思はどこに行っちゃうんだって聞きたいですよ。だいたい冬に出稼ぎなんて話も、こっちじゃ古い小説の中だけの話なんだって最近知ったくらいだし。でも実際問題、高校だけでいっぱいいっぱいなのに、その状態で無理に大学行かせてくれなんて言えないじゃないですか。余計に難しくなって。姉は…大学進学を諦めました」
 ふいに震えが来て、波は慌てた。
 取り繕うように笑った。
「わ…こんな話しちゃって。ドン引きですよねすいません。お酒は楽しく飲まないとですし、やめましょう」