Home Sweet Home 44


 年の瀬も差し迫った日の昼間、波は警察署に寄った。火災や盗難がどうなったのか確かめるためである。
 聞いたところによると、結局火災原因は放火らしいということだった。但し泥棒が放火したのか別なのかは不明だと言う。警察は詳しいことに言及しなかったが、波の受けた印象からは盗難に遭った住人が保険金目当てで放火した可能性も疑ってるように思えた。悔しいけれど、無駄に怒るのはやめておいた。一体いつになったらなにもかもがはっきりするのだろうと気が滅入る。

 その夜、波が風呂から上がって何気なくリビングへ行くと、島が1人酒を飲んでいた。
 ――珍しいこともあるものだ。弱いくせに。
 波がそっと窺うと、まだグラスに1杯目といった雰囲気なのに、島の顔はすでに赤く、なぜかムッとしたような表情で宙を睨んでいる。
 波も保険のことでムシャクシャしていたので、さっとキッチンに入り、つけ放しの足元の暖房をさりげなく消して、つまみを用意すると島の前にグラスと共に突き出した。
「あたしも混ぜてください」
「なに言ってるんですか、ダメに決まってるでしょう」
 ビクッとした島は慌てて波のグラスを取り上げた。
「あっ! いいじゃないですか、お鮨屋さんでは放置したくせにっ」
「だからこそ!」
「あたしがなにしたんです? 悪いことしたなら言ってくださいよ」
「……」
「言えないってことは、なにもしてないってことですよね」
「む…」
「はい、じゃあ」
 波は素早く新たなグラスを持ってきて、勝手に注いでしまった。ラム酒だったので、適当に炭酸水で割りレモンを入れてキューバリバー風にする。島はロックでそのままのようだ。
 ぶつぶつ言っている島をよそに、フンと飲む波。風呂上りなのでカクテルとはいえよく回る。ちょっと気持ちもほぐれて、舌が和らいた。
「そういえば先生、もうそろそろ年末ですけど、ご実家には帰らないんですか」
 酒の勢いも手伝って、少しばかり会話してもいいような気持ちになった。
「帰りません」
「そうなんですか?」
 島も諦めたのか波の質問に普通に答える。しかしその返答の意外さに波は島を見返した。ちょっとずつ舐めるようにグラスを口にしている島は、赤い顔のままどこかを睨んでいる。
「もともと」
 ゆっくりと、島は言葉にした。
「あまり実家には帰らないので」
「…そうですか」
 波はどう言ってよいかわからなかったが、でも島が話すままに任せようと思った。だって島が自分から色々話すなんて珍しい。もうひと口お酒を流し込んで待った。
「別に、あなたのように、帰れない理由があるとかではありません。ご心配なく」
「先生はどうして大学教授になられたんですか」
「僕?」
 唐突にも思えたが、自然な疑問だった。
 家に帰らない。帰れないことはないがあまり帰らないのは、帰りたくないということだ。
 そもそも島のようなお金持ちが貧乏准教授の職に就いてるのが不思議だった。お金持ちだからこそそのご両親の財産を当てにする生活が嫌だったのかなあなどと邪推してもみたが。
「勉強だけなら、ずっと大学の研究室にいればいいことじゃないですか。もちろん教授になった方が研究しやすいこともあるのかもしれませんけど…」
「僕は」
 ほんの少しだけ島の声から堅さが減っていた。