Home Sweet Home 40


 波は努めて冷静な声で言うと、島を冷たく見やった。島は既にうんざりしたような表情でいるが、あれはフェイクだ。本心はずばり言い当てられて慌ててるに決まってる。
「そもそも全力投球しなくても、ものには限度ってものがありますよね」
「…獅子博兎、です」
「鶏を割くになんぞ牛刀を用いん、ですよ」
「大は小を兼ねると言うじゃないですか」
「杓子は耳掻きにならずって言うんですよ!」
「やっぱり怒ってる」
「あたしは怒ってるんじゃなくて、あたしの生活と先生の生活には雲泥以上の差があるってわかって頂きたいんですっ」
 今度は島は呆れたような表情になった。これはどういう意味だろう? いちいち見た目と異なる島の思考を考えるのに嫌気が差しながら、波はイライラと島がなにか言うのを待つ。だが島は無言のままなにも言わない。波はええいとばかりに勢い良く暴露した。
「誰もがお金がある人と同じように無駄遣いができるわけじゃないんです」
「無駄遣いじゃない。必要なことに使ってるんです」
「なにが必要で、なにが必要でないか理解してから仰ってください」
「幸嶋さんは少し人生を締め付けすぎだ」
「あたしはそうしないと生きてけなかったんですっ!」
 自分基準で物を語られてはたまらない。なんで自分が金持ちだってわからないかな。波は青筋が立っていそうな自分の額を揉むと、キッと島を見る。すると島はおもむろに席を立った。
「……」
 なんだと見送っていると、島はコーヒーを入れ始めた。横でオーブンの音もする。アーモンドチョコのような甘いコーヒーの香りと、それとは別に香ばしい香りが漂って、島のあまりにも場にそぐわない行動に波はわけがわからなくなった。
 5分間も放置されただろうか。戻ってきた島の手には、コーヒーと菓子皿の乗ったトレーが握られていた。
「これでも食べなさい」
 美味しそうなフィナンシェである。波はぽかんと島を見た。
「あの…これは…」
 キラリと、島の眼鏡が光る。
「人間は、糖分が足りないとストレスが溜まる」
「……っ」
 波が半分島のためにと思って余計な口出しをしたことも、島からすると波のイライラが原因なのだと思ってるのだ。それでこの人は、大人なくせに、こんな子供を宥める菓子みたいなのをわざわざ温めて、コーヒーまで淹れて……。
 もう怒りたい気持ちを通り越して疲れた。全くわからない。この人は変だ。やっぱりICチップとケーブルで出来てるんだ。
「〜〜〜〜〜い た だ き ま す !」
 あたしは本当に疲れてるんだ……。
 微妙に憎みきれないこのあんぽんたんな准教授を憐れみながら、波はフィナンシェにかぶりついた。島は無言で、むしゃむしゃと食べ続ける波を見ていた。負けるもんか! 波は視線に負けじと、お腹がいっぱいでも食べ続けた。