Home Sweet Home 4


 妄想や衝動で一杯になって乗り込んだ電車の、人の頭の隙間から外を見ると、冬の弱々しい陽は既に落ち始め、夜が手を広げていた。日が落ちるというのは、どこか郷愁を呼んでやるせない。特に冬の日は脆い頼りない光が冷気から逃げるように落ちてく。弱虫は嫌い。弱音も吐きたくない。自宅駅につく頃にはすっかり暗く寒さが一層強くなっていたが、車内の暖かさから放り出されたばかりでも、波は身震いすら拒否した。
 小さな改札を出ると心なしかしかめ面を見せながら、波は周囲を用心しいしい見渡して自転車置き場へ向かった。別に痴漢がどうのというのではない。不思議なのだが、波は男に対して手厳しいのに、それが気高く美しいなぞと好かれることがままあることだった。従ってイベント日、特にクリスマスは用心しないと、妙な手合いが突然押しかけて「ずっと好きだった」などときな臭い告白をしてき兼ねない。だが今見えるのはケーキ片手の中年ばかりである。大丈夫そう――ほっと肩の力を抜く。波に言わせればちゃんちゃらおかしい話でも、相手はそうは思わないから世の中難しい。そもそも告白の日が宗教色強い年末だって時点でいかがわしいことこの上ないのよ――そんな風に決め付けていると、はたと東の空が微かに明るくなっているのに気がついて、視線は上に釘付けになった。
「夕焼け…のわけないよね?」
 帰り道でもあったので、荷物がてんこもりの自転車を押しながら明るい方へ引き寄せられるように進んでみる。心なしか空気が暖かく、賑やかな人声もするようだった。けれど通りを曲がって見たそれは決して夕焼けなんかではなく、轟々と燃える炎と黒い煙、そして消火活動にいそしむ消防車のライトだった。本当の火事なんて初めて見た波は、ぼうっとケーキも何もかも忘れて最後の炎の撒き散らす火の粉や黒く焦げたあとや忙しく立ち回る消防隊員たちの様子を見続けた。最終的に建物は一部分が焼けただけで大事にはならなかったようで、負傷者もおらず、その部分さえ除けば何事もなかったように見えた。
 すごかったあと感心してさあ帰ろうと一歩歩き出した波は、再び立ち止まった。
「……ってこれ、あたしのアパートじゃん!!!!」
 火事が起きていたのは、波の住むアパートだった。



 手に沢山の荷物を抱えたまま、波は途方に暮れていた。
「あたしの…部屋が…」
 火災は別の部屋で起きたし割合早く消し止められたので全焼は免れている。煙で汚れたり焼けただれた部分はあったものの、見る影もないというほどではない。だが。
「泥棒に荒らされてる…」
 ようやく許可を得て入った部屋を見て波は驚愕した。なんと、不自然に窓が割られ、外と同じくらいに冷えた部屋の中は違った意味で見るも無残に荒らされていた。いや、始めは火事のせいかと思った。だがどう見てもキャッシュカードに通帳、装飾品から電化製品まで、金目のものだけ綺麗に消えている。波の少ない動産は消え、部屋に残っているのはびしょびしょになった価値のないものばかり。まさか火事場泥棒でも出たのだろうか。それとも泥棒が先? こんな貧乏アパートに押し込むなんてよっぽどマニアックな泥棒に違いない。となれば前者だろう。だがそんな危険を冒して重いブラウン管のテレビなぞ盗んでくだろうか。混乱がぐるぐると渦巻いている。
 いずれにせよ波の部屋は、泥棒に盗まれてるか、焦げてだめになっているか、そうでなくても類焼を防止するための水や薬品やらでめちゃめちゃになっているかの3択であった。買ったばかりのストーブも変てこな物体へと変貌を遂げているし。気付かないふりをしたかった洗濯機も、1回しか使ってないまま役目を終えている。頭の中の波が『部屋丸ごとゴミ処理場行き!』という陽気な判定をリフレインしてるのは、幻聴だと思いたい。
 はたと見ると、床には波が大事に保管していたケーキの包み紙が、ご馳走様とばかりに捨てられていた。
 …ケーキまで……!
 この日を。この日を目標にどれだけ必死にやってきたと思ってるのだ……
 コロス。泥棒、会ったら絶対コロス!!
 ――などと言っている場合ではない。

(これからどうすればいいのよ!)