Home Sweet Home 36


 始めてみてわかったのだが、島の生活は、規則正しくはあるがひどく味気ないものだった。
 先ず島は、自分でも言っていたように殆ど、いや全く料理をしない。毎日ケータリングか外食かである。
 波は基本的に自炊派なので、せっせと食材を買ってきて冷蔵庫を埋めているが、島の食材は定期的に宅配を頼んでる飲み物とちょっとした調味料しかないお粗末なものである。本気で料理をしないらしい。なのにこんな大きな冷蔵庫って、どうなのよと波はその巨大な箱を見上げた。どう考えてもアメリカンな家族用サイズの冷蔵庫は殆ど空っぽの中身をせっせと冷やしている。扉を開ければキンキンに冷えた冷気が顔にまとわりつくくらいだ。
 おまけに台所用品ときたら、まともなフライパン1つない。そのくせ、ボールに麺棒にバットなどの中途半端な器具だけあるから謎といえよう。これで一体なにを作るというのだろう。まさか勘違いして野球でもできると思ったのか。くだらない妄想は置いといて仕方なく波が、調理器具を買ってここに置いていいかと尋ねたら、島は、ならば僕が頼んでおきますなどと言い出した。そう言われてしまうと断れない波がちょっと不安に思いつつ待っていると、翌日には部屋に一揃いの調理器具が届けられた。だがそれはどうみても重い銅製の、プロ使用の、こんなに鍋使い分けられないから! という豪華すぎるセットであった。有名なフランスのメーカーものらしいが、フライパン1つで数万円もしてしまう上に、素人なら1日で錆びさせてしまいそうな代物である。手入れなんてできないから今すぐ返品してくれと懇願すると、今度はドイツ製のステンレスアルミ鍋が一揃い届いて波を再び恐怖させた。
 また、波が洗濯をしようと洗濯機について尋ねれば、返って来た答えは「使い方を知らない」。
 驚愕の事実に固まっていると、洗濯機は一度も使ったことがないとキッパリ宣言される。備え付けで装備された乾燥機つき最新洗濯機は、このマンションが建てられてから一度も使われたことがないという。信じられない。
「じゃあ靴下とかタオルとか、どうしてるんですか」
「クリーニングがあります」
「クリーニングって、ハンカチ1枚でも!?」
「洗わないと、汚いでしょう」
 准教授のくせに論旨ずれてるよ。唖然とする波をよそに、島は平然としている。
 この人はネジが外れてるんじゃなくて、ネジの位置がずれてる……?
 波は頭が痛くなってきた。とにかくそんな贅沢で無駄なこと、とてもじゃないが真似できないし見るのもいやだ。かといって、島の洗濯物を波が洗うわけにもいくまい。
(生活感がないわけだよ。生活してないもん)
 初めてスイッチの入れられた洗濯機がゴインゴインと静かに回り始め、へえという顔をしている島を盗み見て、波はなんて幸せな人なんだと言葉にならない同情を抱いた。
 島の生活を乱すつもりはないが、波が島の生活に合わせる必要もない。第一自分で持続できないことをやってしまったら、後が怖い。急激に波の目標が定まりつつあった。

(なんとか生活の区分けをしなくっちゃ)