Home Sweet Home 35


 島と会話するようになってから何度も落とされている困惑の淵に再び立たされた波は、夕方のカフェで考えたことを思い出していた。わかったようなわからないような。島のやっていることは、確かに嫌味のひとつともとれるし、そうでないようにもとれる。けどどれを信じればいいかなんて、他人の自分にわかるはずもない。そしてどれを信ずるべきなのかも。
 ただ1つ言えるのは、こんなあからさまに文句を垂れられてもなお、心の奥底で島を否定しきれないでいるおかしな自分が存在しているということだ。
 なんだかもう、どうでも良くなって来た……
 島がやりたいようにさせてあげればいいんじゃないのか……という気にさえなっているから、どうかと思う。
 こういう時はお酒でも飲む方がいい気がして、あの馬鹿みたいに持ち歩いたシャンパンを消化するチャンスを作った。
「…じゃあ、あたしも。安物ですけど、なんとなく飲もうと思って買ったシャンパンがあるので、良かったら飲みませんか。置いておいても仕方のないものですし」
 波の突然の提案に、相変わらず危ぶむような目つきで島は立っている。
「もちろん、クリスマスだからじゃなくて、余ってるからです」
「……僕が飲まないと言ったら」
「あたしが1人で飲むだけです」
「それはいけない、絶対に…!」
「じゃあ一緒に飲んで下さい。あたし1人じゃ1本も開けられません」
 真意を量るように注がれていた島の視線は、逸らさずに見返した波の視線にぶつかって、外された。
「……いいでしょう」
「大人なのに」
「なんですか」
「いいえなんにも」
 ばれないよう波は薄っすら唇に笑みを浮かべた。
 けっこうな大人なのに、こんな不可解で、子供相手でもうまく立ち回れない人もいるのだな、とおかしくなったのだった。
 それから、クリスマスの正餐のように、机の上には素晴らしい料理が並んだ。
 クリスマスを全く祝う気のない2人が、こうして向かい合って、ターキーだのシャンパンだのを口にする様子は、全くもって奇妙だった。オマケに火のついたクリスマスプディングまである。
「これ、美味しいですね。牡蠣のスープ」
「それは結構」
「実はお料理得意だったんですか」
「いえ。全部買ったものですから」
「あのプディングもわざわざ買ってこられたんですか? 本でしか見たことなかったんですけど」
「……クリスマスとは無関係です」
「……?」
「……」
「いただきます」
 島が沈黙してしまったので、波はあっさり引き下がった。波が追求をやめると、島は黙々と食事を続けた。
 こんな風に美味しい料理を囲んでクリスマスを祝うのも、久しぶりであった。イブイブを「悪夢の日」と制定してからはなにかと拒んだ風習だし、実家は西洋のイベントなんて皆無に等しいところだった。
 偶然にも波は買ったばかりのワンピースを着ていて、しゃんと座っている。
 目の前の素敵な料理と、変てこだけど立派な成人男性がいて。
「予想外に、すごいクリスマスになっちゃいましたね」
「別にお祝いじゃありませんよ」
「知ってます。あたしがお腹を空かせてうるさいのを、宥めてるだけですよね?」
「――まあ」
 島は曖昧に頷くと、せわしなく料理を口に運び、飲みつけない酒を喉に流し込んでいく。
(あーあ、あんなに飲んじゃって。知ーらない)
 とはいえ、波もほろ酔い加減になってきて、くるくるとこの現実を想い描いた。
 波が余計なことを言わなければ島は必要最低限のフォローだけしてくれる、いろいろと思うところや難しいことはあるが、まあこれはこれでいい生活なのかもしれない。
 この同居生活が、ちょっとだけうまく行くかも、と思い始めた波だった。
 それはその時だけの大いなる勘違いであったが…。