Home Sweet Home 34


 いい匂いで目が覚めた。
「……ん?」
 自分が眠っていたことに気付かなかった波は、がばっと起き上がって見回す。キッチンから漂う香ばしい匂いに島の帰宅を知る。
「先生、戻ってらしたんですか」
 眠りに落ちる前、島が呆れて帰ってこないのではないかと少しだけ不安に陥っていた波は、妙にホッとした。ここは島の家なのだから帰ってこないわけないのだが、不幸続きの自分にはなにが起こるかわからない気がしていた。なにをそんなに心配しているのやら。顔をぱしぱしと叩いて目を覚ます。
「あの、食事の準備なら手伝います」
 波がおそるおそる提言すると、島はチラッと波を見ただけだった。
「言ったでしょう。無理に手伝おうとしなくていいと」
「せめてやることを下さい」
「自分のことだけしてなさい。学生の本分は勉強だ」
「勉強は勉強で時間を取ってやります」
「僕は今1人で料理がしたいんです。今回はあなたの分も作ってあげますからもうあっちへ行っていなさい」
 島の言い草に、波もムッとしてきて反発したくなった。
「あたしも今料理がしたいんです」
「じゃ好きな時に勝手にしなさい。今は僕1人でやります」
「なんであたしにやらせてくれないんですか」
 ムキになった波が詰め寄ると、島はピクリと肩を逸らして珍しく顔を高揚させ、声を荒げた。
「言っておきますけど、これは僕の精神安定剤なんです。あなたのためじゃありません、僕のイライラを抑えるためです」
「イライラって、それってどういう意味ですか。あたしがいたら腹が立つって意味ですか」
「そうじゃない」
「じゃ、なんなんですか!」
 島はもどかしそうに言い放った。
「あなたはお腹が空いているからそうやって騒ぐんだ。もうすぐできるんだからうるさいことを言わずに黙って静かにしていればいいんです」
「うるさいことって、あたしは――」
「腹が満たされれば少しは大人しくなるでしょう!」
「!?」
 なにも言えなくなって波は島を穴のあくほど見つめた。視線に耐えられなかったのか島は顔を背けた。
「それと! …これは今日がクリスマスだからじゃなくて、残り物なだけですから!」
 島の言葉に何気なく目をやると、台の上には本でしか見たことのない豪華なターキーが銀のトレーに盛り付けられ、こんがりいい色に焼けていた。更に目を覚ますきっかけにもなったいい香りを放つオーブンを見れば、中に入ってるのはなんと大きなクリスマスプディングで、イギリス人だってびっくりな感じだった。
「……」
 波はいよいよわからなくなり、島とローストターキーとプディングを交互に眺めた。島は怒ったような表情で向こうを向いている。波は…もう一度尋ねた。
「…あたしはお腹を空かせていてるから騒ぐし、それを黙らせようと先生は精神統一をしている。そしてここにあるのはクリスマス残り物だと。そう仰りたいわけですね?」
「その通り」
 なにか言いかけた波の口は、息を吸い込んで閉じられた。