Home Sweet Home 32


「それではこれで」
「…ご苦労様です」
 ベルボーイのような人が行ってしまうと、波はあふれかえった荷物を見てしばし呆然とした。
(あたし、本当にここに住んでいいのかな…)
 早く帰りたいと思ったのも現実だが、帰ってくるとまたその現実に気持ちが揺らいでいる。波は次第に自信喪失して、荷物を力なく見下ろした。
 ようやくマンションに戻ってきた波たちだったが、島の買った椅子もあるしこの荷物を全部運ぶのは大変だなあと思っていた矢先、島はコンシェルジュなんてのにささっと頼んでしまった。ついでにお届け物と仕上がったクリーニングも持ってきてくれて、出かけてる間に掃除までしてくれたらしい。なんて贅沢な。人に頼みなれてないから、荷物を受け取る時も妙に恐縮してしまってどうやって接していいのかわからなかった。
 ここまでサービスが充実してるってことは、相当な管理費とか取ってるよねぇ…などと、ついつい貧乏人の目で見てしまう自分が悲しい。
(これは住む世界が違いすぎるわ)
 お互い気楽でいいのかも、と思ったのは、基本が違いすぎて話にならないだけなのかも……。
 間借りするといったって、幾ら払えばいいのかもわからないマンションだ。電気代とか水道代とかもあるし、まさか後からとんでもない額を請求されたりしたらどうしよう…と急激に不安がよぎる。
 これはきっちりと決めてやらないと、後でなあなあになってお互いしこりが残ってしうかもしれない。少なくとも島の経済感覚でものを量られたら破滅するのは間違いない。
(っていうかこの生活はありえないでしょ)
 島の性格を思うとまあしょうがないとかこれでとんとんかもなどと思えてしまうから不思議だが、本当は文句のひとつも言いたいところだ。これで性格が良かったりしたらきっと波は島に世話にはなっていなかったように思えた。これが天の配剤というやつであったかなどとぶつぶつ考えた。
 いずれにせよおかしな人だから、むしろ年下の自分の方がしっかりリードして舵をとっていこう、でなきゃこちらまでおかしなことをしてしまうと気を引き締めた。毎日詳細な日記を書いた方がいいかもしれない。
(あーあ、今年のクリスマスはもうちょっと楽しく過ごそうと思ってたのになぁ…ってああ!!)
 最後は声に出して叫んでいた。
 ヤバイ
 あ り え な い …!
 波の顔が蒼白になる。
「嘘だ、そんなばかな」
 ドタドタと部屋を出て、「あれ、あれはどこ!」とリビングと廊下を行き来した。宣言通り島は自室に篭ってるらしく、波がわかる範囲には見当たらない。
 普段焦ることの少ない波は滅多にないこの大誤算に血の気を失い狼狽していた。火事に遭ってからというもの調子が狂いまくっている。運が急降下しついでに波から思考能力までも奪っていったようだ。「あれ! あれ!」とうろうろする波の頭には「あれ」がなにを指すのか具体的な言葉すら出て来なかった。
 あまりに騒がしかったのだろう、突然1つのドアががばっと開いたと思うと、厳しい顔の島が「何事です」と出てきた。
 その顔をみるとすぐに口に出していた。

「先生、あたしバイト無断欠勤してました…!!」