Home Sweet Home 31


(先生という人がさっぱりわからない)
 波が1番信用してないのは男の見てくれ。外見の良さと心情的な好感とが結びつかずに、むしろ一足跳びに「悪いヤツ」と思えるくらいである。お陰でハンサムを見ても全く反応しないし、カッコイイとさえ思わないから、親友のようにいたずらにイケメンの彼氏に苦労させられることもなくて逆にラッキーとさえ思っている。その親友の彼氏だって、基本ろくでもないヤツなのがその証拠だ。
 それを抜きにしたって、男なんて石橋を叩いて迂回するくらいじゃないとならない存在だと思う。告白されたことが皆無なわけではないのに、ここ3年波に一度も彼氏が出来ないのは、気軽に声をかけてくる男を冷酷なまでに突き放し、警戒し過ぎる点にあるのだとはわかってた。人がとやかく言っても、無理して彼氏候補を作るより安全圏にいる方が重要だと信じてるからそれを貫いてきた。そうでなくてどうやって己を守れよう。
 ともかくもその条件に当てはめれば島は即失格となってもおかしくない。外見が良くて中身も最悪。それなのに今島にうっかりお世話になってる自分がいて、おまけに相手の性格がわからないなどと考えこんでしまっているのだから。
(別に、知ろうとする必要もないのにね)
 それはもしかすると自分の嫉妬心を宥めようとしてるのかもと思い至り、知らず唇をすぼめていた。
 ――多分あたしは外見のいい人間に嫉妬もしている。
 波が顔のいい男を嫌いな理由はもちろん彼氏として苦労させられた経験が1番だが、実はそれ以外の嫌悪感も抱いていた。まるで苦労のくの字も知らないような態度で、誰でも自分に靡(なび)くのが特権だと考えてる――それが許せなかった。苦労を知らない人間に波のなにがわかるというのだ。どうしても相手に駒のように扱われてる気持ちがして、いけないと思いつつも、波は見てくれの良さをひけらかしながら自分に近づく人間に会うと、そんな風に嫉妬せずにはおれなかった。嫉妬、有体に言えば羨望。波にはないものを妬む貧しい心。心までは貧しくなりたくないと思うのに。だからその前に逃げ出してしまう。それを、島がくすぐらないうちに、いや、くすぐり方を誤っているうちに波は別の逃げ道を探そうとしてるのかもしれない。同世代じゃないし、誰も彼をも嫌うような態度だから、そんな人が自分サイドにいれば、少しはむくわれるような気がして……
「明日から僕は試験の準備で篭りますから」
「は、はい?」
 ぽけっと考えごとをしていて急に話しかけてきた島に波は動揺した。自分が見てたって気づかなかったよね。波が慌ててメニューに顔を落とすと、島は横目で波を見た。
「当然ですけど、僕の部屋には絶対に入らないで下さい」
「そんなことしません」
「どんなに不幸だろうと、試験は容赦しませんから」
 厳しい言葉に、波はう、っと詰まる。嫌な言い方だがまあ当然でもある。だがやっぱり嫌な言い方だ。この辺りが島の島たる所以な気がする。
 学校は1月第一週まで冬休みだった。1月末に学年末試験がある。
 大学試験は暗記よりも論述の問題だからなんとかなるにしても、失ったテキストやノートくらいは補完しとかないとまずいかもしれない。
「それじゃ申し訳ないんですけど、テキストを…」
 一瞬口を開きかけたものの、島はもう上の空のようだった。たった今話しかけたくせに、まるで1人で過ごしてるかのようにぼんやりとコーヒーを飲み、時々外を見たり、波のことを忘れてる。やっぱり変な人。人がいようが自分は自分で好きなように時間を過ごしてくれるのは楽でいいけれど。もともと波も、気遣い人ではあるが、媚びへつらったりおだてたり、或いは好きでもない人間と無理に付き合ったりといったある種の協調性には欠ける人間だった。宿主としてもちろん従うし良い関係を築くつもりではあるけれど、どこまでやるべきか心配だったのに、はたと島の方こそ最初からそんな気がないではないかと馬鹿らしくなった。本当にふところが深いのか浅いのかよくわからない。島ときたら、ひょっこり親切心の顔を出してみたかと思えば、干渉してくれるなといわんばかりの激しい拒絶を見せたりして、波が警戒する前に防衛線を張ってしまうから、気にしようとするこちらが馬鹿みたいだ。
 ただ、あの妙な警戒心はすごく覚えがある。すごく、よく、知っている……
 いや、他人なんて島にとってはある意味どうでもいい存在なだけだ。と波は慌てて否定した。それならこっちも気楽でいいけれど。
 気づいたことを言葉にするのが怖いような気がして、島と同じように、外ばかりを眺めた。