Home Sweet Home 30


 波に馬鹿にされたとでも思ったのだろうか。
 しかし島は、無言で袋のうちの1つを波に渡した。
「こっちはあなたのです」
「あたし!?」
「まがりなりにも同居するんです。連絡が取り合えないと困ることもあるでしょう」
 携帯なんてなくても困らないとか言ってた割にはそんなところまで気を配っていたなんて。波は意外さに打たれてもう一度島の顔を見た。
「だけど――あたし、こんなことまで」
「僕が困るんです」
「ほ、本当に…」
「決めたと言ったでしょう」
「あ――ありがとうございます」
 見れば色違いである。名状し難い心持ちで携帯を何気なくいじると、既にメモリに登録されている番号が1件ある。
 ――島智晴
「店員に入れてもらいました。数字の1と受話器マークを押せばお互いの番号にかかるそうです」
 おいおい、カップルかよ!
 思ったがしかし、親切でやってることに口は出せない。
「こ、これ、最新機種ですけど」
「僕は売ってるから買っただけで、あなたに電話する以外の機能については全くわかりません」
 それならお年寄り向け簡単携帯のが良かったんじゃないの……この機種代や新規契約にかかった費用はやっぱり支払うべきだろうか…。波1人じゃ未成年のため契約できなかったからある意味助かったが、言われるままに変なものに加入してるんじゃないだろうなと、密かに心配にもなった。
 不安な面持ちで島を窺えば、まるで命令されたことをただ実行しただけですとでも言いたそうな生真面目な顔をしていた。おそらくなんにも理解していないな、と簡単に推測できる。この人は必要かそうでないかでのみで物事を判断して、損得感情は全く抜きなのかな、とまた心配になった。
「帰ったら、一緒に設定見ましょうか……」
 波は曖昧な笑顔で告げたのだった。




 もう帰るだけかと思ったら、その後島は休憩しようと言い、その言葉通り適当に見つけたカフェにさっさと車を止めて入ってしまった。6時間も車で待ってると言った人物と同一とは思えぬ素早さで、反論の余地もない。
 波としてはこれから片付けもあるし今後のあれやこれやもあるので1人でも戻りたかったが、色々世話になってる身で逆らうのもためらわれる。ここは素直に従うべきかと寸の間見せた迷いに、島は「これくらいご馳走しますよ」と見当違いな言葉を吐いてみせる。
(先生って、人の気持ちがわかるんだかわからないんだかわかんないわ)
 波はメニューで隠すようにしながら、ちらりと島を覗き込んだ。
 島はさっさと注文を決めて、もう窓の外を見ている。
 夕闇のおり始めた外は冷たい木枯らしが吹いていて、裸の木々を揺らしていた。スクウェア型の分厚いガラスを幾つも積み上げた大きな窓は、1つ1つが小さな額縁のようにちょっとずつ景色を切り取っていた。
 インテリアの趣味のいい店だが、普段からそういう所で暮らしてるせいか、島の姿は自宅で寛ぐ人のようにしっくりと溶け込んでいる。
(…本当に、なに考えてるんだろ)